第3章 勇者、森のクマさん編

第34話 勇者と森のクマさん♪

 冒険者ランク……ガイヤの世界において、冒険者はなくてはならない存在であり、町のドブ洗いから始まり、アイテム収集、魔物退治、護衛、異変調査など、さまざまな仕事が冒険者に依頼される。


 冒険者たちは、多岐に渡る依頼をこなし、人々の生活と密接に関係してきた結果、冒険者は便利屋としての認識が人々に広がっていった。


 冒険者になること自体は難しくはない。

 元は異世界からの魔王を退けるために作られたパーティーシステムを管理維持するのが冒険者ギルドの始まりだった事もあり、冒険者ギルドに来る者は拒まずのスタンスが今も残り続けている。

 特例もあるが年齢が15才を迎えれば、誰でも冒険者になれる。


 結果として冒険者になる者は、優秀な者もいるがそうでない者と有象無象が入り混じり、玉石混交の様相を呈していた。

 数多くの冒険者が、自分の能力に見合った依頼を受けてくれていれば、何ら問題は発生しないのだが……そうはいかなかった。


 冒険者ギルド設立当初は、金と名声を求める者、英雄を夢見る者が、実力に見合わない依頼を受け、そのほとんどが生きては帰れない時期が続いた。


 冒険者になる人より死亡する人が多くなった時、ギルドは依頼と冒険者にランク付けを行い、実力に見合った依頼しか受けられないシステムへと変更した。

 それを境に、依頼はクエストと呼ばれるようになり、ランク付けによる振るいが掛けられると、冒険者が死亡する件数は激減した。


 ランクは最高位のSランクから始まり最低位はGランクの8段階に分けられている。


S 世界規模のクエストに対応出来る英雄

A 国家規模のクエストに対応出来る達人

B 町規模のクエストに対応出来る強者

C 村規模のクエストに対応出来る実力者

D ベテラン冒険者

E 実力が付いてきた冒険者

F 初心者から抜け出した一般の冒険者

G 冒険者成り立ての初心者


 例外はなく、たとえSランクの実力があろうとも、Gランクからのスタートとなる。必ずそのランクのクエストを規定回数受注しなければならず、Eランクからは昇格試験に合格する必要がある。


 ほとんどの者が、FかEで燻り続け一生を終える。歳を重ねればDランクのベテランにまで届くだろうが、大抵は行き着く前に命を落とす。


 実力があったしても素行が悪く、他人に迷惑を掛ける輩はFランクから一生抜け出せない。


 実力がなければ上に上がれず、素行が悪ければ昇格試験で落とされる……生命と治安、両方の安全を守るストッパーの役割として冒険者ランクは作られたのだった。


 冒険者ギルド著 ギルド新人教本より抜粋




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ヒロ……もう少しゆっくり」


「こうですか?」



 経験済みのリーシアは、初めてのヒロに手ほどきをしていた……ヒロは覚束ない手でソレをゆっくりと動かす。



「その調子です。私もあまり慣れていないので、人に手ほどきが出来るほどではないのですが……」


「いえ、リーシアに教えてもらわなかったら、勝手が分からず途方に暮れていました。ここはどうかな?」


「アッ!」


 

 ヒロの慣れてきた手つきに、リーシアが驚きの声を上げる。



「スゴイです。本当に初めてですか? 信じられません……」


「リーシアが一生懸命教えてくれたからです」


「とっても上手いですよ……まさかヒロ、それはいくらなんでも大胆過ぎです。あっ! そんな所まで⁈」



 リーシアはヒロの大胆な行為に翻弄され、不安に顔を曇らせる。対してヒロの顔は自信に満ちていた。二人の視線が交差すると……。



「リーシア、そろそろ良いですか?」


「はい……これくらいなら、もう大丈夫そうです」


「それじゃあ……行きます」


「ヒロ待ってください。アレを忘れてます」


「あっ、すみません。直ぐに着けますね」



 ヒロが予め用意していたアレを着けると……。



「着け終わりましたか?」


「はい、大丈夫です……今度こそ行きますね」


「はい……」



 それを見たリーシアは思わず息を飲み込む。



「初めてではないのですが、その……この大きさは初めてなので、私も上手くやれるか少し心配です」


「僕も初めてですし、失敗してもいいやくらいの気持ちでいれば良いと思います」


「……ですね」


 

 緊張で不安になるリーシアをヒロが優しく囁くと、リーシアは安心し二人は静かに笑い出す。そして意を決した顔付きになると二人は頷き合う。


 リーシアは身構え、ヒロはソレに少しずつ力を込めると……。


 

「イヤアアアアアアア」



 森に絶叫が響き渡り地中からソレは飛び出した。



【魔草 マンドラゴラが現れた】



「ヒロ、やりました! かなりの大物です!」


「って言うかデカ! 足まで入れたら1メートルはありますよ。コレはもう魔草ではなく魔物なのでは?」


「話は後です! 縄で木と括り付けて逃げられないようにしていますが、今の絶叫を聞いて他の魔物が近寄って来ないとは言い切れません。急いで倒しましょう」



 リーシアがる気で構えると、マンドラゴラは殺気に反応して反対に逃げそうと走り出す……だが体に括り付けられた縄が逃走を許さない。


 ピンと貼られた縄が、マンドラゴラをその場に縫い止め、ルームランナーで走り続ける人が如く、1ミリも前に進めていない。


 リーシアの話だと、普段マンドラゴラは髪に見える茎と葉に魔力を溜め込んでおり、地中から掘り出されようとすると魔力を消費して体を動かし、走って逃げ出すそうだ。


 逃げるマンドラゴラは、頭に見える部分と胴を切り離せば動かなくなり、薬の材料として高値で買取りをしてくれる。


 なら、地中にいる状態で切ってしまえばと思ったが、そうすると魔力が体全体に行き渡らず、薬の材料としての価値が低くなってしまうそうだ。


 なのでマンドラゴラに気付かれぬよう、縄で体を縛り付けてワザと逃走させる必要があった。

 


「Bダッシュ!」

 


 ヒロが高速でマンドラゴラに背後から迫り、追い抜くとマンドラゴラの頭が宙を舞った。

 ヒロはBダッシュ中に、手にしたショートソードを振り抜き、一撃でマンドラゴラの首を両断していた。

 地面にパタッと倒れたマンドラゴラを、ヒロは素早くアイテム袋に収納する。



「薬草を取りに来て、こんな大っきなマンドラゴラが採れるなんて、運が良いです♪」



 ホクホク顔のリーシアは警戒を解かず、嬉しそうにヒロに話しかけて来た。



「上手くいって良かった。土を掘り返す時が、一番気を使いましたね」


「大胆に土を掘り返し出した時は、思わず声が出てしまいました。ヒロは土を掘るのが上手すぎてビックリです」



 普段眠っているマンドラゴラに縄を掛けるには、気づかれない内に、周りの土を掘り返さなければならない。

 マンドラゴラの逃走を許してしまう失敗の8割が、この土を掘り返す時であり、一番の難関だった。


 気づかれる前に、急いで土を掘り返せば音でバレて逃走……逆に慎重に掘り進めれば、環境の変化に気づかれて逃走を許してしまう。


 マンドラゴラを捕まえるには、いかにして的確にかつ短時間で土を掘り返せるかが鍵となっている。

 ヒロは、短い時間でリーシアの教えを吸収し、大胆な手つきとスピードでマンドラゴラを捕まえるのに成功した。


 マンドラゴラは入手難度の高さから、かなりの高値で取引されており小さなマンドラゴラ1つで銀貨20枚はするみたいだ。リーシアはかなりの大物と言っていたから、相当な高値がつきそうである。


 金欠に陥りつつあるヒロにとっても、降って湧いた嬉しい収入に両手をあげて喜んでいた。実はクエストを受けるにあたり、今後のことを考え武器と防具一式をヒロは買い揃えてしまった。そのせいでかなり懐具合が悪くなっていた。


 武器のショートソードで銀貨50枚、革の防具一式で銀貨70枚、メンテナンス用のアイテムはおまけしてもらったが、装備だけで銀貨120枚が消えてしまった。


 装備を買い揃えただけで、ランナーバードで山分けした収入が全てなくなった訳である。その他にも必要な雑貨やアイテムも購入してので、残りの所持金は銀貨30枚と心許ない。


 今後のことも考え、ガイアの常識を学ぶがてら、金策のために、簡単なクエストを二人は受けたのだった。


 今、ヒロとリーシアはパーティーを組んで、初の共同クエストに挑んでおり、今回はヒロのランクに合わせて、南の森へGランクの薬草採取クエストにやって来た。


 Gランクのクエストは大抵お使いイベントしかなく、町のドブさらいから荷物運び、店番等、強さに関係ないクエストが大半を占めている。


 今回ヒロが受けた薬草採取も、そんな簡単なクエストの一つであり、森の外周の薬草採取ならば、危険もほぼないものだった。


 リーシアは元々Dランクに属しているため、薬草採取等の低クエストをやる意味はないが、パーティーを組んでいる以上、同じクエストを受けなければならない。


 パーティーを組んだメンバーのランクがいくら高かろうが、受けられるクエストはパーティーで一番低いランクの者に合わせられてしまう。

 必然的に同じランクの者同士でパーティーを組む事が多くなり、実力が見合った者同士が同じレベルのクエストを受ければ、必然的に死ぬ可能性が低くなるのだ。


 パーティーを組んでいたとしても、別行動でランクを上げる事も出来るが、リーシアは常識外れな行動をするヒロを心配してクエストに付き合ってくれていた。


 外周の薬草は町の人や低ランククエストで採り尽くされており、ヒロはリーシアを付き合ってもらい森の浅い箇所を巡る事で薬草を採取していた。

 そしてクエストに必要な薬草を集め終えた頃、マンドラゴラに遭遇したのは僥倖だった。

 

 ヒロもホクホク顔になり、リーシアと喜び合う。



「やりました♪ ランナーバードに続いてマンドラゴラをゲット出来るなんて幸運です。女神様に感謝です」



 手を胸の前で組み、感謝の祈りを捧げるリーシアを見て『可愛いな〜』と見惚れてしまいそうになるヒロの脳裏に、女神セレスの顔がチラついて来た……釘を刺された翌日に早速ウツツを抜かす訳にはいかず、ヒロは気を引き締める。


 だが感謝の祈りを捧げていたリーシアが、急に後ろを振り向くと拳を構えた。



「ヒロ、何か来ます! 人の気配ではありません。気をつけてください!」


「分かりました!」



 リーシアの声に、いち早く反応し剣を構えるヒロ。戦い終わった後、緊張感を緩めずに常に心を戦いの中に置いておかなければ出来ない反応だった。

 ヒロの意外な残心にリーシアは感心しつつも、目の前に現れた気配に警戒を怠らない。


 浅い森の中と言えど、魔物や危険な動物はいる。マンドラゴラの悲鳴で呼び寄せられた範囲の魔物ならば、リーシアでも対処は問題なかった。

 リーシアもそれが分かっているからこそ、ヒロを連れて森の中へ入ったのだが……いま近づいてくる気配は並の気配ではなかった。


 こんな浅い場所に現れて良い気配の魔物ではなく、森の深部で出会う危険な魔物の気配をリーシアは感じていた。

 ランナーバードなど、比較にならない殺意を秘めた何かが近づいて来る!


 接近するスピードから、町まで逃げる前に確実に追いつかれる……リーシア一人なら逃げ出せるが、ヒロを置いて逃げる訳にはいかない。かと言って、これだけの気配を持つ魔物相手にヒロを守りながら戦う自信がリーシアにはない。


 瞬時の戦力比較による判断の早さ……一流の冒険者に必須とされる能力をリーシアは持っていた。リーシアが警戒しなければならない程の危険な気配……ヒロとリーシアが取れる選択肢は一つしかなかった。



「ヒロ、最悪の場合、私が時間を稼ぎます。先に逃げてください。私一人でなら何とか逃げ切れます!」


「ですが『グォォォォ!』」



 ヒロがリーシアに何かを言う前に、それは二人の前に姿を現した。


 圧倒的な殺意と存在感……ヒロ達の前でその巨体が立ち上がる。二メートルを超える身長が、森の中に高い壁を作り出す。四本腕を広げた腕の高さを合わせると三メートルはゆうに超え、獲物を絶対に逃がすまいと二人に殺意をぶつけて来る。


 並の者ならば卒倒するほどの絶対的恐怖を撒き散らす存在が、ヒロ達の前に立ちはだかった。



【オーガベアーが現れた】



「まさかオーガベアー⁈ なんでこんな浅い場所に⁈ ヒロ逃げて!」



 南の森で、死闘が始まろうとしていた。




〈勇者と少女の前に森のクマさんが現れた!〉

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