お嬢様! 大変でござるっ!
小鉢
第1話 黒髪の乙女
一人の若き乙女が、吐息を吐くような声でつぶやいた。
「これが、輪廻転生というものでござるか……」
窓から差し込む朝日が、品の良い調度品を照らす。広い部屋、板張りの床、立派なベット。裕福な家柄と直ぐに理解できる光景が広がっていた。
その少し前。
ベットから可愛らしい寝息が聞こえる。
長い黒髪を白いシーツに広げ、少し寝相が悪いのか、寝間着がはたげ、柔肌を惜しげもなくさらす。
日差しがまぶたにかかり、乙女は、苦悶の声を上げる。すぐに、彼女は、いやいやをするように目を覚ました。
「ここは、どこでござるか」
上体を起こし、辺りを見渡せば、どれもこれも初めて見る物ばかりで、彼女は混乱している様子。
さらに「この声はなんじゃ」と自らの声にも驚いている。
すぐに、彼女は、壁に立てかけられた、大きな姿見を見つけ、その前に、自らの全身を写して見た。
「これが輪廻転生というものでござるか……」
若き乙女は、吐息を吐くようにつぶやいた。
腰に手を当て、ひねるようにして、全身を確認する。細い手足、女性らしい曲線を描く魅力的なスタイルは未成熟なエロスをかもし出していた。
長い黒髪に二重まぶたの瞳は、誰が見ても美人。
つまり、姿見には、容姿端麗の若い女性が写っている。
怒ったり、笑ったり、一通りの表情を試したのち、彼女は、ため息を吐き、不機嫌になった。
「それがしが、このような
世界には、未だ人類が解明していない不思議が多くある。
この容姿端麗な乙女しかり。
彼女の中身は、まごうことなき「さむらい」
戦国の世を生き抜いた武人であった。
武人であれば、女に転生は不本意に違いない。それが、生前、達人であれば、なおのこと。
乙女が、首の寝間着の隙間から、自らの胸を恐る恐る確認している。
「ええーい、やはり胸がないではござらぬか!」
大声で彼女は怒り狂い、両手で胸を揉みしだく。
ドアの外から駆け足が聞こえてきた。
黒髪の乙女は、その気配に気付かず、胸を揉むのに夢中で、あほうにも、艶かしい喘ぎ声を出している。
ドアが開く音。
「クラリスお嬢様、お目覚めでしたか……」
部屋に入った若いメイドがすぐに固まる。
それを見た乙女の方も硬直した。
「……」
長い沈黙。
見つめ合う二人の女性。
メイドは、いつもお世話をしているお嬢様の変態のような姿を忘れる為、大きく首を左右に振る。さらに、深呼吸をスーパー、スーハーと二回繰り返し、ようやく勇気を振り絞り決意した。
彼女は心の中で繰り返す「さあ、朝の身支度をいたしましょう」これがベストなセリフ。このような時、見て見ぬふりは、人の優しさの一つの形ともいえる。
メイドがついに口を開く。
「ク、クラリスお嬢様は、なな、何をなさっておいででしたか?」
メイドとはいえ人間、好奇心には勝てなかったようだ。
「胸を大きくしてるのでござる」
クラリスお嬢様は、お嬢様で、男らしく、平然と言ってのけた。
「ご、ござる? いえ、きっと高熱を出されたせいだわ、そうよ、そうに違いないわ」
メイドは、自分に必死に言い聞かせた。
中身はさむらい、容姿は乙女のクラリスは、ようやくメイドの名前を思い出す。
「メアリー殿、おはようでござる」
彼? 彼女? の記憶はごっちゃだが、慎重に行動をすれば、生活に支障はないだろう。
「お、おはようございます、そして、何をなさっておいでですか?」
メアリーは「この娘はまったく!」と思い頭をかかえる。
クラリスお嬢様が、再び、堂々と両手で自分の胸を揉みしだくからだ。
「こうすれば、胸が大きくなると聞いた」
「なりません!」
メイドが主の娘であるクラリスお嬢様の頭を叩き、ツッコミを入れた。
「ま、まことか、それでは、それがしの胸は、最早、これまでと……」
クラリスお嬢様の目に涙がたまる。中身のさむらいが泣いているのではない。これは、お嬢様が叩かれた時みせる、本能のようなもの。
呆れたメイドのメアリーは、肩の力を抜くようにしてため息を吐き出す。
「お嬢様、まだ十五です。成人されたとはいえ、まだまだ大きくなりますよ」
「本当でござるか!」
クラリスお嬢様は、生まれながらの生粋のお嬢様。咄嗟に出る仕草は、まさに、お嬢様の手本ともいえる。
今もそう。クラリスお嬢様は、両手をお願いのようにしてくみ、美しい瞳を嬉しさの感情でキラキラさせてメイドを覗き込む!
メイドのメアリーは「クラリスお嬢様は、なんて可愛らしい」と顔を赤らめる。
メアリーの油断。
クラリスお嬢様は、勢い良く寝室を出る。
「お嬢様、いけません、そのような格好で!」
メイドのメアリーは焦った。このような時間に、若いお嬢様が、寝間着で屋敷を歩き回るなんて!
いや、クラリスお嬢様は、大股で走ってます!
「朝といえば、稽古でござる!」
クラリスお嬢様は「ござるござる」と屋敷を駆け抜ける!
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