鯱は毒と一緒に風を食う(46)

 道路に寝転がったまま、微塵も動かないフェザーの姿に、ピンクは動揺を隠せなかった。車道を渡り切って、フェザーの元に駆け寄るが、そこまで近づいても、フェザーは頭すら上げない。


「ミーナさん!?」


 ピンクが声を上げて、倒れるフェザーの身体を揺すってみるが、そこまでしてもフェザーは反応しない。

 か細い呼吸が僅かにフェザーの命を証明しているが、それだけだ。意識はそこにない。


 何があったのか。フェザーの身体に残る妖気は感じ取れるが、そこから判断することは不可能に思えた。


 ただそれはあくまでフェザーを見た時の話だ。倒れたまま動かないフェザーから顔を上げ、視線を道路の先にいるジ・オルカに向けると、話は変わってくる。


 そこにいるジ・オルカは遠くから見ても分かるほどに、異質な妖気をまとっていた。身体から放出される電気はバチバチと音を鳴らして、道路や周囲の物に飛んでいる。


 ジ・オルカのまとう電量が明確に増えた。目視できるほどの変化を前にして、フェザーを襲ったものの正体まで、ピンクはすぐに察した。


 フェザーはジ・オルカに近い位置に立っていた。その位置の近さは現在、ジ・オルカの身体から放たれる電気の向かう先と等しい。


 フェザーの身体は貫かれたのだろう。ジ・オルカの電気に。

 それもただの電気ではない。ジ・オルカが溜めに溜めた妖気を放出し、電気として成立させたものだ。


 フェザーが耐電用にまとっていた仙気などは簡単に吹き飛ばし、フェザーの身体を襲ったことは状況から分かった。


 フェザーを襲った出来事の正体が分かったことはいいことだ。フェザーの轍を踏まないように、ピンクも警戒することができる。


 ただ問題はフェザーが意識を失った点だった。


 ピンクはジ・オルカに対抗できると考えていたフェザーを失って、自分一人でジ・オルカに立ち向かう必要があった。

 最低限、ジ・オルカをこの場所に引きつける役割が必要だ。


 だが、それだけの自信をピンクは持っていなかった。フェザーがいれば何とかなるかもしれないが、フェザーのいない今、ピンクは与えられた役割をこなせるか不安しかない。


 いっそのこと、フェザーを連れて逃げ出そうかとも考えた。自分が戦っても犠牲が増えるだけなら、意識の回復しないフェザーを医者の元に連れていく方が先決だ。その方が少しでも助かる命がある。


 そう考えてしまうのだが、それは現実的ではないことも分かっていた。

 ピンクが一人でフェザーを連れて、ジ・オルカのあの動きから逃れられるはずがない。簡単に追いつかれ、ジ・オルカのまとう電気がピンクとフェザーの身体を焼き焦がすだろう。


 それくらいは分かっている。分かっているのだが、それでも、立ち向かうよりは生き残る可能性が高いのではないかと考えてしまうほどに、ピンクはジ・オルカを相手する自信がなかった。


 逃走経路を確認するように、ピンクはジ・オルカと反対方向に目を向けた。どこまでも続く直線をどれだけ走れば逃げられるか想像もつかない。

 立ち向かうことを考えて、ジ・オルカに目を向けた。不規則に飛び出る電撃をどれだけ掻い潜れるか想像もつかない。


 どうすればいいのか。何ができるのか。答えの出ない問いを必死に考えようとするピンクの前で、ジ・オルカが一歩を踏み出した。


 これまでに見せた瞬間的な移動ではないが、その歩みは決して遅いわけではない。フェザーを抱えて逃げ出すには、十分速過ぎると言える速度だ。


 フェザーを置いて逃げようか。一瞬、頭の中を悪い考えが通過したが、ピンクはそれを拾わなかった。拾えなかったと言えるのかもしれない。

 ピンクの良心はそこまでの非道さを見逃せないようにできている。この状況で一人逃げ出すくらいなら、焼かれて息絶える未来を選ぶだろう。


 そう思ったが、本当にそうするべきかと悩んでいる間にも、タイムリミットは迫っていた。周囲に飛び出す電撃が近くなり、ピンクとフェザーがその間合いの内側に入ることは時間の問題と思われた。


 その光景に覚悟を決めて、ピンクは立ち上がった。せめて、意識を失っているフェザーを守るくらいの活躍は見せるべきだ。

 身体に仙気をまとって、耐電性を高めてから、フェザーに電気が届かないように自身が盾になる。ピンクにできる精一杯のことがそれだ。


 全身に仙気を移動させながら、ピンクはフェザーを自身の背後に置き、接近するジ・オルカを睨みつけた。どこまで耐えられるかは分からないが、他の仙人が到着するまでの時間稼ぎか、ジ・オルカの妖気を一時的に枯らすことができれば、ピンクの実質的な勝ちだ。


 ジ・オルカの妖気を前にして、ピンクは僅かに笑みを浮かべる。自身の勝ちまで持ち込める自信は全くない。

 恐怖がストレスとして、ピンクの精神を圧迫し、少しでも笑わないと立つ足に力を込めることすら難しいほどだった。


 その極限の状態の中で、ついにジ・オルカの間合いがピンクに到達しようとする。そのタイミングだから、ピンクは最初、幻聴だと思った。


「何だ。妖気の強さで判断して良かったのか。人型はそこまでしないと思って、こっちに来てしまったよ」


 その声をピンクは無視しようとしたが、ジ・オルカは反応するように頭を動かした。その動きを見て、ピンクは聞こえた声が幻聴ではないと悟る。


 ジ・オルカに釣られるように、ピンクも声のした方に目を向けて、そこに立っている人物を発見する。


「でも、意外とピンチみたいだから、こっちに来ても良かったのかな?」


 そう言いながら、その人物が小さく笑みを浮かべる姿を目撃し、ピンクはその人物の名前ではなく、別の呼称を思い出した。


だ!)

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