憎悪は愛によって土に還る(3)

 二度目の訪問となるのだが、相も変わらず羽計家の豪邸具合には度肝を抜かれた。知っているのだが、知っているからと言って驚かないわけではない。いくら来ると分かっていても、ホラー映画やホラーゲームに驚くように、いくら豪邸と分かっていても、屋敷の大きさはイメージを遥かに凌駕してくる。


 少しだけ尻込みしながらも、椋居との約束を思い出し、相亀は羽計の家のチャイムを鳴らした。大きな屋敷の前にある大きな門の片隅で、相亀は小さくなって、向こうからの応答を待つ。


 しばらく経つと、羽計家の執事である羽村はねむら天助てんすけの声がした。相亀が自身の名前を伝えると、名前を覚えてくれていたのか、相亀が何かを言うよりも先に待つように言ってくる。


 それから更にしばらく経ち、相亀は羽計家の屋敷から出てきた羽村の案内で、屋敷の中を移動していた。


「急に来てしまってすみません」


 羽村に対して、そのように声をかけるが、羽村は笑顔でかぶりを振った。


「お嬢様のご友人なら何も問題はありませんよ。奥様も旦那様も喜ばれることでしょう」


 相亀を案内するように、少し先を歩く羽村の呟いた『友人』という言葉に、相亀は少し引っかかった。


 相亀と椋居は紛れもなく友人であると言えるのだが、相亀と羽計の関係を言い表すのに、それが適切なのかと考えたら、それは相亀も、きっと羽計も分からないことだ。

 友達の彼女と彼氏の友達。お互いにそれくらいの距離感で、この二つを繋ぐ関係性に名前はない。そのように思えた。


 それで本当にいいのだろうか。自分がここにいることを問題ないのかと考えている間に、羽村の案内は終わりを迎える。


「到着しました」


 羽村がそう言ったことで顔を上げ、相亀は羽計の部屋の前に到着したことを知る。羽村が軽く会釈し、立ち去る姿を見送ってから、相亀は羽計の部屋のドアをノックする。


「はい、いいよ」


 羽村から事前に聞いていたのか、羽計の部屋の中に招くような声が聞こえてきた。その時になって、相亀は女の子の部屋に一人で入るというシチュエーションに気づくが、今更引き返すことはできない。

 中にいるのが羽計という点も気になったが、ここは覚悟を決めて踏み出すしかない、と相亀はドアをゆっくりと開けた。


 羽計はベッドの縁に腰かけていた。相亀の顔を見るなり、部屋の中に入るように手招きし、相亀は小さな声で「お邪魔します」と呟きながら、ゆっくりと羽計の前に歩いていく。


「意外だね。ゲンちゃんが来ると思わなかった」


 そう口にした羽計の様子に、相亀は少しだけ違和感を覚えた。学校や病室で逢う羽計とは少し雰囲気が違って、今の羽計は少しだけ大人しく見える。

 その違いに戸惑いながら、相亀は羽計の前にゆっくりと腰を下ろした。もちろん、適切な距離は保っている。でなければ、相亀が死ぬ。


「椋居に頼まれたからな」

「チーくんに?何を?」

「お前、ちゃんと学校に行ってないだろう?」


 その一言に羽計は少しだけ固まってから、何とも気まずそうな笑みを浮かべた。


「あー、そういう話か。それでゲンちゃんが来たんだ?」


 羽計は相亀に距離を詰めようと、少し前のめりになってくるが、そういう態度で誤魔化されないように、相亀はさっと適切な距離を取る。これ以上近づかれたら、相亀は余裕で死ぬ。


「真面目な話だ。変に誤魔化すなよ。椋居と約束したんだよ」

「ふーん、チーくんと……いいな。私も約束したいな」

「なら、学校に行く約束でもしたらいいだろう?椋居に変な心配かけるなよ」

「言われなくても分かってるよ。ていうか、それはゲンちゃんも一緒」


 唐突に指を伸ばされ、相亀は死を覚悟し、一瞬、身体を強張らせたが、羽計は顔を指差すだけで、移動してくることはなかった。


「チーくん、ゲンちゃんの様子がおかしいって気づいてるよ」


 そう指摘され、相亀は少し口籠った。その指摘は椋居本人からもされたことだ。


「別に、羽計には関係ないだろう?」

「なら、私も関係ない。私が学校に行っても、行かなくても、ゲンちゃんには関係なーい」


 開き直ったように言いながら、羽計がベッドに倒れ込み、相亀は言ってしまったことを後悔した。良い逃げ道を与えただけだ。これでは椋居との約束を果たせない。


「どうして行かないんだよ?」

「私の居場所はね。チーくんがいるところなんだよ。それ以外に居場所はないの。だから、行く意味がないの」

「居場所がないって……」


 そう言われ、相亀は羽計が学校でどのように振る舞っているのか、椋居と一緒にいる以外の姿をほとんどないことに気づいた。


「お前、もしかして……」

「はい!だから、もう帰って。帰らないと、抱きついちゃうよ!」


 そう言いながら、自身に飛びかかってきた羽計から、相亀は必死になって逃げた。今の関係性は栽培マンとヤムチャだ。抱きつかれたら、相亀は倒れて死ぬ未来が決まっている。


 自分に近づいてくる羽計から逃げていたら、いつの間にか、相亀は部屋の外に追い出されていた。そのことに気づいた時には、羽計の部屋のドアが閉められ、もうそこに入れなくなっている。


「おい、羽計!」


 相亀は部屋の中に声をかけるが、ドアは開きそうにない。

 その代わりに羽計の小さな声が聞こえてきた。


「今日はありがとうね。でも、大丈夫だから」


 その声や言い方で、そうかと納得できるほどに相亀は馬鹿ではない。


「また来るからな」


 そのように言い残し、相亀は今日のところは帰ることにする。


 椋居との約束は守る。その気持ちは絶対だが、今の相亀には羽計を連れ出すだけの手段がない。

 何か説得できるだけの材料を持ってこないといけない。そのように考えながら、相亀は羽計家を後にした。

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