影は潮に紛れて風に伝う(5)

 ウィーム監視の下、幸善は用意された食事に手をつけた。野菜ベースのスープに何かの穀物が入ったもので、一見おかゆのように見えるが、入っているものは米ではないようだ。その料理が何かは分からなかったが、味の感想としては『優しい』というものだった。


 そのおかゆっぽいものを口に運びながら、幸善は自分を見守るウィームに目を向けた。ウィームは人に見られること自体が慣れていないのか、異性の視線に慣れていないのか、幸善の視線に気づいた途端、さっと目を逸らしてしまう。


「さっきの女性は?」

「ここ……」

「ここ?」

「ここ・べねおら……いっしょにすんでる……」

「ああ、そうなんだ」


 ココ・ベネオラ。それがさっきの女性の名前らしかった。幸善が口に運んでいる食事を作ってくれた人物で、ウィームの同居人であるらしい。


「二人で住んでるの?」


 食事を口に運ぶ手を止めることなく、幸善が思った疑問を口にすると、ウィームはこくりと頷いた。


 幸善のいる部屋は特別に広いわけではないが、一人で暮らすには十分な広さだ。その部屋が入っている建物に二人で暮らしているのかと思った幸善の頭をキッドが通り過ぎる。


11番目の男ジャック……さっきの男の人は一緒じゃないの?」


 ベネオラと二人で暮らしていると言っているのだから、キッドはこの建物にいないのだろう。それは分かっているのだが、確認のために質問すると、やはりウィームは小さくかぶりを振った。

 キッドがこの建物にいないということは必然的にアドラーもいないはずだ。他の仙術使いも別の場所にいるのだろう。


「ここには二人だけ?外にも誰もいない」

「ううん…むらがある……」

「村?」


 そうウィームの言葉を繰り返しながら、幸善はキッドの発見された島に原住民が住み、原住民の村が作られていたという報告書の内容を思い出した。


 やはり、情報を引き出せば引き出すほどに、ここがキッドの発見された観測不可能な島である可能性が高まっていく。それを確信に変える証拠こそないが、正式な書類のいらない場で個人的に決めつける程度なら、十分に思える情報の多さだ。


 ただし、その可能性が高まるほどに深まる疑問も存在しているので、その疑問を少しでも解消できないかと、幸善はスプーンを置く代わりに疑問を口にした。


「俺がどうしてここにいるのか分かる?」

「あまり…わからない……けど、つれてきた……」

「連れてきた?誰が?」


 そう聞いてから、ウィームの答えが返ってくる前に、幸善は自分を運んだ人物の名前を頭の中に思い浮かべることができた。


 その情報が転がっていたというよりも、問題文を見る前に答えを先に見てしまっていたようなものだ。問題文を見た今になって考えてみると、あの一文は答えだったと思わずにいられない。


「さっきのひと……」


 ウィームがそう口にしたことで、幸善はやはりと頷いた。


 幸善の記憶はアメリカで途絶えているのだが、そこで何かが起きて、幸善はキッドに連れ去られた状態のようだ。キッドの目的は分からないが、殺さないところを見るに、一定の利用価値があると考えているのだろう。


 それが何であるのか、慎重に探り出す必要があると考える幸善の前で、ウィームが不意に腕を伸ばしてきた。まっすぐに指が伸ばされ、幸善の手元にある器に向けられる。


「その…おかわり……?」


 そう言われ、幸善は改めて空になった器を目にした。幸善は特に意識していなかったのだが、実は空腹状態だったのか、特に手を止める時間もなく、全て平らげていた。


 その食べ方を傍から見ていて、ウィームはおかわりが必要かと思ったのだろう。幸善は少し考えてから、断ろうと手のひらを見せたところで、幸善の腹が情けなく鳴った。


「あー……えーと……まあ、もう一杯、貰おうかな……?」


 幸善が少し頬を赤らめながら答えると、ウィームは軽く首肯し、器を手に取って部屋の外に走り出した。


 その様子を微笑ましく見送ってから、幸善は自分の身体の状態を確認する。特に悪いところもない。仙気にも異常は感じられない。何かをされた気配はない。


 だが、記憶がない。その部分に違和感を覚えながら、幸善はベッドに身を沈める。


 ウィームの心配がある限り、しばらく動けそうにないのだが、安全であることと安心できることは同じではない。

 たとえ身の安全が保障されていても、ここがキッドの住む島であるのなら、何が起こるか分かったものではない。


 早く居場所を突き止めて、何らかの手段で外部と連絡を取らないと。そう考えてから、幸善は自分の身体や部屋の中を見回してみた。


「いや、流石にないか……」


 スマホが消えていることを確認し、それもそうかと自嘲気味に笑みを浮かべてから、幸善は部屋に近づいてくる小さな足音に耳を傾けた。

 そういえば、あの料理の名前を聞いていなかった。二杯目の到着間近に思い出した。

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