帰る彼と話したい(17)
相亀の報告を受けた
『その場から動くな』
と、相亀経由で全員に伝えられ、水月達はそそくさとまだ近くにあった食堂に戻っていく。
その間も、水月と満木は一筋の希望を信じて、ひたすらに願い続けていた。両手を合わせて、何かと具体的に聞かれたら答えられない何かに向かって、ひたすらに鬼山以外の仙人が派遣されることを祈る。
来るのが鬼山以外だったら、かなり小さな可能性ではあるが、誤魔化せる可能性が生まれる。
だが、鬼山ならそれは不可能だ。もう真実を全て丸裸にされるしかない。
水月は必死になって、鬼山以外が来るようにと祈り、満木は必死になって、この仕事がクビにならないように祈っていた。言うまでもないことだが、満木の不安は杞憂である。
そうして過ごすこと、五分が経過した頃になって、食堂を訪れる人物がいた。食堂という場所から利用する人物の可能性ももちろんあったが、その可能性も入ってきた人物の顔を見るまでのことだ。
その人物は水月が最も望んでいない相手、鬼山だった。
(終わった……)
項垂れる水月に続いて、隣で満木も大きく項垂れる。満木の中では新たな就職先を探す自分の姿が膨らんで、不安に心が押し潰れそうになっているはずだ。もちろん、杞憂である。
鬼山は食堂の中を少し見回し、水月達の姿を発見すると、すぐにこちらにやってきた。忙しいはずの支部長だ。わざわざ動く必要はないだろうと水月は思うのだが、そういう時に限って、何かを察したように動くのが鬼山だ。ここからの挽回は厳しい。
「何があった?事情を話せ」
水月達の近くにやってくるなり、即座に鬼山は質問してきた。やはり、忙しいことに変わりはないのか、全体的に急いた様子である。
「実は……」
相亀が説明しようとする直前、水月の隣からミサイルが射出されたのかと疑うほどの速度で、満木が飛んでいった。そのまま滑り込むように鬼山の前に現れ、そこで芸術点の高い渾身の土下座を披露する。
「すみませんでした!私の管理不足なんです!クビだけは勘弁してください!」
必死になって懇願する満木の様子に、流石の鬼山も引いているようだった。半分泣きながら訴えてくる満木に手を伸ばし、先に頭を上げるように言っている。
「ちょっと待て。順番に説明してくれ。急に土下座をされても困るだけだ」
「私がちゃんと見張ってたら逃げ出すことはなかったんです!」
その一言から、満木はアッシュが逃げ出した時の様子を克明に語り始めた。その内容には、当然のことだが、怪しいポイントが含まれ、そのポイントに気づいたらしい相亀や浅河の視線が水月に向いてくる。それらの視線から逃れるように水月が目を逸らしていると、満木の説明を聞き終えた鬼山が納得した声を出した。
「そういうことか。良く分かった」
「どうか、クビだけは!」
「まあ、待て。いろいろと判断する前に確認しないといけないことがある」
そう口にしてから、鬼山が黙る空気だけが伝わり、水月は悪寒を覚えた。背筋に槍くらい鋭い視線が刺さっている気がする。
「水月?」
「……はい?」
鬼山の方に目を向けることなく、水月はきょとんとした声を出す。声をかけられた理由が全く分からないという体を全身で醸し出す。
「そのカエルの妖怪が逃げ出した時、どうして、その部屋の中にいたんだ?」
核心をつく質問が口に出され、誰かが溜め息をつく声が聞こえた。多分、葉様だ。
「えーと……はい?」
声だけでなく、表情もきょとんとしたものに変え、何を言っているか分からないと訴えるように、鬼山に目を向けた直後、眼前に迫る鬼山と目が合った。
「どうして、いたんだ?」
「キャアアアア!?」
足音もなかったので、接近していることに一切気づかなかった水月は声を上げ、座っていた食堂の椅子から転がり落ちそうになった。美藤や皐月が「凄い悲鳴」と水月の出した声に感心するようなことを言っている。
「理由は?」
「いや……その……えーと……」
水月はちらりと葉様に目を向けてみたが、葉様は既にあらぬ方向を見ており、さっきと違って助けてくれる気配が一切なかった。
「な~んで何ですかね~……?」
水月が渾身の笑みを浮かべ、必死に誤魔化そうと試みたが、鬼山にそれが通じるはずもなかった。
「水月。早く吐かないと、今後全てのカエルの妖怪はお前に任せることになるぞ?」
「私が逃がしました……」
水月は一瞬の内に椅子から飛び退き、鬼山の前で満木のように土下座をしていた。その説明に鬼山は溜め息をつきながら頭を抱え、相亀と浅河はやっぱりと言わんばかりに苦笑している。純粋に驚いているのは美藤と満木くらいだ。
「詳しく話せるな?」
鬼山にそう聞かれ、水月が頷いた直後のことだ。食堂の中に人が飛び込んできた。
「支部長」
その声が聞こえ、鬼山だけでなく水月達も食堂の入口に目を向ける。そこには
「言われた通りにカエルの妖怪がQ支部の中を移動した形跡を追ってみたんですけど」
「見つかったか?」
「それが残念なことに途中で痕跡が消えて、そこから先、どこに行ったか分からなくなりました。後はもう物理的に探すしかありません」
「他で人を動かしているから、そんな余裕はないな」
白瀬の報告に鬼山は頭を抱え、それから満木に目を向けた。
「自力で人前に出られるくらいの知性はあるか?」
「それ以上の知性があると思いますけど……?」
「なら、飢えで死ぬことはないか……後は医療班に警戒するように言えば、急ぐ必要もないか……」
「え?ちょっと待ってください?支部長?何を急ぐ必要はないんですか?」
圧倒的な悪い予感に襲われ、水月は思わず立ち上がって、鬼山に詰め寄っていた。
「カエルの妖怪は取り敢えず保留だ。余裕ができたら、全体的な捜索を始める。また以前のような被害が発生したら、その時は補填方法を考えるがな」
そう告げた鬼山に水月は絶望した。補填方法を考えると言っていることから、何かがあった際に水月の給料が引かれる可能性もあるのだが、それ以上に水月が困ったのがアッシュの行き先が分からないことだ。
もう一人でQ支部は歩けない。そう思い、水月はへなへなとその場に座り込んだ。
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