影が庇護する島に生きる(41)

 ウォレットの水の仕組みを紐解き、弱点も見出だしたことで、ハートのウォレットに対する解答は出揃ったようなものだったが、そこに新たに加わったキッドの存在は不純物でしかなかった。


 ウォレットを相手に考えた時、キッドの存在はハッキリと言ってしまえば、邪魔以外の何物でもないが、この場合に優先するべきはキッドの方かとハートは考える。


 対応策のできたウォレットは次の機会でも問題なく対処できるが、キッドは影の仙術を用いていること以外の情報がほとんどなく、現在の戦力は正確に測れていない。


 それを知るためにも、今はキッドを優先的に相手にしようとハートが決めた瞬間、キッドがハートに不気味な笑顔を向けてきた。


「まさか、No.1がこんな辺鄙な島までやってくるとは思っていなかった。暇なのか?」

「こんな辺境に駆り出されている時点で暇じゃないよ。もう少しくらいなら暇でも、僕は一向に構わないんだけどね」

「なら、忙しく歩き回ることもなかっただろう?」

「散歩の気分だったの」


 ハートはキッドの思考を読み取ることができなかったが、思考を読み取る必要もないかと思っていた。キッドの考えや行動を理解する必要はなく、ただその行動を止めるだけでいい。既にキッドは裁量される段階を越え、明確に処罰されることが決まっている。

 あとはハートがいかにキッドを始末するか。それだけが現状の問題だ。


 その思考を読み取ったわけではないと思うが、その考えを思い浮かべた瞬間を狙って、ハートの足元の影が歪み、そこから鋭く尖った影が飛び出してきた。ハートは微妙な空気の揺れから、その変化を感じ取り、影が飛び出してくる時には跳躍して、空高くにいたので、その攻撃は宙を貫くだけで終わる。


「躱した?」

「予備動作とか意味ないのさ。あれがNo.1だ。クソッタレな猿真似野郎だ」


 ウォレットに教えるようにキッドは呟き、自分やウォレット、ハートの影を動かし始めた。それらは地面を這うように移動し、糸のように細い無数の影を伸ばしていく。


 それを確認した瞬間、ハートは影に向かって仙気を飛ばし、その影にぶつけて爆発を起こした。それでも、潰れたのは半分くらいで、影は爆発で起きた煙を縫うように、その中を突き進んでくる。


「意外と丈夫だね…」


 そう感心するように呟いてから、ハートは空中で何かを踏みつけるように足を伸ばし、その何もない空間に立つように停止した。そこから、伸びてきた影を避けるように大きく跳躍する。


「空中で止まった…?」

「No.8の仙技だ。硬く固めた仙気で足場を作っているんだよ」


 ウォレットに説明してから、キッドは足元の影を見やった。それから、辺りに目を向けて、上空に浮かんだウォレットの巨大な水の塊を発見する。


「それよりもディグ。空間を作れ」

「分かったよ、パンク」


 キッドはそれだけの指示を出すと、自分の影の中に沈むように入っていった。それを見送ってから、ウォレットが両手を動かし、上空の水をサッカーボールサイズのいくつもの球体に変えて、操り始めた。


 それらの水を避けるように、ハートは空中を移動し始めた。足の裏に仙気を移動させ、足場を作り出すように放出する。それを踏み台にして、空中で自由に移動することができるのだが、そこから更に発展させた仙技があり、それが放出した仙気をそのまま出力とする方法だった。

 それが序列持ちのNo.8が編み出した仙技であり、そのNo.8が序列持ちに選ばれた理由でもあるのだが、それをハートは再現していた。


 空中を自由に移動しながら、ハートは自分を捕らえられずに彷徨う無数の水球を見やる。それらの動きは統率が取れているとは呼べないもので、ウォレットが完璧に操り切れていないように見えた。


「何あれ?数だけ増やして、どうにかなると思ってるの?」

「いや、そういう調整をしている」

「そういう調整?」


 ウォレットの返答にハートが首を傾げ、水球の届かない位置に立ち止まった瞬間のことだった。空中に立ったハートを狙うように、地面にできた水球の影から、巨大な黒い塊が飛び出した。


 それは全身に影をまとったキッドだった。


「残念だが、この空間で最も自由なのは俺の方だ」


 それをハートはギリギリで躱してから、再び地面に戻っていったキッドを追うように見た。


「ああ、そういうこと。これはNo.11のための海ね」


 そう呟いてから、ハートは面倒そうに頭を掻いた。

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