影が庇護する島に生きる(18)

 岩山に向かえば第一部隊と鉢合わせることはない。そう考えた第二部隊だったが、その考えは誤りだったとしか言いようがなく、第二部隊が岩山に向かっている同時刻、第一部隊も同じく岩山に向かって歩いていた。


 発端は闇雲に森の中を歩くことに疲れた夜光の一言である。


「村を探すならさ。あの上から見下ろして探した方が良くない?その方が早く見つかるでしょ?ほら、灯台下暗しって言うし」


 灯台下暗し、という言葉がここに持ち出された意味は第一部隊の誰も理解できず、揃って首を傾げるだけに終わってしまったが、闇雲に森の中を探し回るよりはその方が見つかりやすそうだと、第一部隊の誰しもがその意見に納得した。

 目的は定まっているのだが、目標の定まらない放浪はここで終わりにして、新たな目標を岩山に定めるべきだと誰しもが思い、自然とその意見でまとまった。


 そこから、第一部隊は第二部隊も向かっていることを知ることなく、岩山に向かって歩き出すことになったのだが、その過程で第二部隊がしたものと同じ発見をすることになった。


 それが複数の動物の痕跡の発見である。


「蹄の跡とか、動物の糞とか、増えてきましたね」


 先ほどまでは一切なかったものが現れたら、それに詳しくなくとも自然と目につくものである。特に俯きながら歩いていた尾嶋の目には、その変化が顕著に感じられ、情報共有の意味も込めて自然とそう呟いていた。


 その言葉に羽衣が視線を地面に向けて、そこに複数残された動物の痕跡を確認している。傘井や漆野も同じように確認していたが、夜光は時間を浪費するのが嫌なのか、確認する三人を面倒そうに見つめるばかりで、地面を見る気はなさそうだった。


「確かに。先ほどまでは一切なかったのに、ここに来て増えているな」

「これって、この辺りに動物がいるってことですかね?」


 動物の痕跡が増えたら、その付近に動物がいると考えることは当たり前のことだ。傘井の呟きはその当たり前を確認するものだったが、その当たり前の質問に当たり前のようにそうだろうと答えられる人はその場にいなかった。


「その可能性が高い」


 その曖昧な返事をした羽衣も、その曖昧な返事を受けた他の四人も、どちらもその曖昧さよりも、周辺に動物がいる可能性の高さの方に思考を割いていた。


 この森はその豊かさに反して、動物の存在が一切確認できない不思議な森なのだが、動物が全く存在しないわけではないことは、村人の証言や島に定められたルールが証明している。


 ただし、それならば何かしらの痕跡が残っていることは当たり前であり、それが残っていないということは、動物がその場を訪れたことがないのか、その痕跡を意図的に隠している誰かがいるということだ。


 その部分について明確な答えは導き出せていないが、その動物が村人に目撃される際、決まって一緒に目撃される女の子の存在は、その答えを導き出すに当たって、何か重要な証拠であることは明白だった。


 そして、第一部隊は今、その動物達が近くにいるかもしれない痕跡を複数発見している。それは同時に、動物と一緒に目撃される森の子供が近くにいるかもしれないという可能性の高さも表している。


 動物の存在の不確かさは島の謎の一つであり、島の謎は観測できない部分も含めて、奇隠から送られてきた面々の調査目的の筆頭だ。

 その謎の正体がすぐ近くにあるかもしれないと考えて、第一部隊の面々は緊張と一緒に襲ってくる昂りを抑えることに必死だった。


 ただ一人、夜光を除いて。


「なら!この近くに問題の子供がいるってことよね!?早く見つけないと先を越される!」


 とても動物に近づくつもりとは思えないほどの声を出し、夜光が昂りをそのままに森の中を疾走し始めた。


 何に先を越されるのか分からないが、熊除けのベルほどに自分達の居場所を知らせる夜光の存在に、近くにいるかもしれない森の子供が逃げ出してしまっては仕方がない。

 咄嗟に尾嶋を除く三人は走り出し、慌てて夜光を確保しようとした。その動きに乗り遅れた尾嶋が一人、森の中で「え?」と声を漏らしたまま、立ち止まっている。


 それを気にすることもなく、傘井達は先を走る夜光に接近しようとしたのだが、走り出しの加速からは想像できないほどの性能で、急ブレーキをかけた夜光が唐突に停止し、全員がその背後に体当たりを噛ますことになった。


 カエルの潰れるような声を出し、前方に倒れ込んだ夜光の背中に、追撃を加えるように傘井達が倒れ込む。夜光ほどではないにしても、傘井達もそれなりのダメージを受けて、痛む身体を押さえながら、夜光はどうして立ち止まったのかと顔を上げた。


 そこは村ほどではないにしても、森の中の開けた空間であり、木々に遮られなかったこともあってか、白や桃色、黄色の花が咲き誇る小さな花畑だった。


 しかし、問題はそこではない。夜光が花畑の綺麗さに立ち止まる乙女らしさを持っているはずもなく、その原因はその花畑の中心にあるものであることは傘井達もすぐに理解した。


 花畑の中心。そこにが座っていた。その女の子を取り囲うように、鹿やイノシシ、リスや小鳥が並んでいる。


 その光景に傘井達はその女の子が何者であるか、すぐに理解できた。


だ…」


 漆野がぽつりと呟く中、花畑の中心に座っていた女の子が傘井達に目を向けた。

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