梟は無駄に鳴かない(10)
フクロウの福郎から話を聞くことだ。それ以外に脱却する方法はない。
だから、フクロウの福郎から話を聞くためにミミズクに行かないといけないと思ったまま、幸善は一日を終えていた。授業自体は一睡もすることなく、最初から最後まで聞いていたのだが、終わった時に覚えているものはフクロウの独特な鳴き声だけだ。
しかも、この鳴き声は実際にフクロウの福郎が鳴いている場面を見て覚えたものではなく、テレビとかで見たことのある鳴き声だ。幸善の耳には福郎の鳴き声がフクロウの鳴き声ではなく、人間の声に聞こえているのだから、その鳴き声を福郎から聞けるはずがない。
とはいえ、もちろん、福郎のことしか考えない一日は発狂してしまうので、厳密には違うことも考えていた。頭の中はフクロウに侵されているので、フクロウに隣接している事柄しか考えられないが、それでも仲後のことや仲後の妻のこと、秋奈から条件を出された水月や葉様の今後など、意外と考えられることは多かった。
あの後、水月と葉様はどうなったのだろうかと考えながら、幸善は仲後について思い、フクロウに侵される原因になった考えを頭に思い浮かべる。それは幸善の空想の域を出ていない上に、そうだったとして幸善に何かができるとは思えないのだが、もしも、それが仲後の決意に関連しているのなら、水月や葉様に教えることで二人は自分の立ち振る舞いを考えることができるかもしれない。
そのようなことを考えながら、放課後を迎えた幸善がミミズクに向かっていると、そのようなことを考えていたためか、道中で水月と葉様の幻覚を見ることになった。
思春期の息子と母親くらいの距離感を保ちながら、道路を歩く二人の幻覚は一言も言葉を交わすことなく、ミミズクのある方向に突き進んでいる。
ついにフクロウだけでなく、水月と葉様にも脳を侵されることになったのかと幸善は冗談交じりで怯えていたが、流石に冗談だろうと思っていた通りに、それらは幻覚ではなく、本物の水月と葉様だった。
幸善がミミズクに向かうために、その目の前の最初は幻覚だと思った二人に近づいてみると、二人は背後を歩く幸善の気配に気づいたようだ。息を合わせたように振り返り、同時に物騒な袋を掴んでいた。
「ちょっと待った!?」
慌てて両手を突き出した幸善の姿に、水月は驚いたように目を見開き、葉様はイラついた様子で舌打ちしていた。
「殺すぞ」
ちゃんと犯罪として立証できそうな脅しの言葉を聞き流しながら、幸善は水月から全うな質問を受けていた。
「どうして、ここに頼堂君が?」
「俺はちょっとミミズクで聞きたいことがあって」
「福郎から」と付け加えることを忘れていたと思い、「福郎から」と付け加えようとした幸善の言葉を阻むように、葉様が「邪魔をするな」と殺意剥き出しで言ってきた。
「邪魔?」
幸善が葉様の苛立ちに共鳴するように苛立ちを募らせていると、水月が二人の間に割って入って、その溜まっていた苛立ちを中和するように声をかけてくれた。バケツ一杯くらい溜まっていた苛立ちだが、今の水月の対応でプリンの容器くらいの量になったので、吐き出すことはやめておくことにする。
「実はあの後、秋奈さんに頼みに行ったんだけど、どうしても条件を変えてくれなくて」
「ああ、それでまた頼みに行くところなんだ」
二人の目的に納得しながら、秋奈も事情を把握しているのかもしれないと幸善は思っていた。
秋奈の性格からして、誰かに無理や無茶をさせるはずはない。福郎の近さからして、それは同じことだ。
そこにはきっと何かしらの理由があり、変えたいと思わせるだけの原因になっているはずだ。それを知らない幸善達はまだスタートラインに立っていない状態と言えるのだろう。
「それなら、一緒に話を聞いた方がいいかもしれないね」
幸善は心からの善意で二人にそう言っていたのだが、事情を知らない二人は良く分からなかったようだ。水月は不思議そうに小首を傾げ、葉様は苛立ちながら口を開いた。
「黙れ」
その人の善意を踏みにじる葉様の発言に、プリンの容器くらいだった幸善の苛立ちは浴槽くらいまで一瞬で膨らみ、自然と渾身の右ストレートを葉様の顔面に叩きつけていた。
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