梟は無駄に鳴かない(6)

 仲後がどうして刀を作らなくなったのか、水月と葉様にも詳細は分からなかったが、その表情は水月と葉様も覚えのあるものだった。何かをなくしてしまった物憂げな表情。その表情に何かを言えるほど、水月と葉様は鬼畜ではない。刀を作るように強要することはできなかった。


 こうなったら、何とか秋奈に条件を変えてもらうように頼み込むしかないと思い、水月と葉様は秋奈の病室を訪れる。秋奈は体調が万全に近くなったらしく、病室を出るための準備を少しずつ始めていた。


「こんにちは」


 水月が挨拶を口に出しながら病室に入ったのとは対照的に、葉様は無言で不服そうな表情のまま、秋奈の前まで歩いていた。荷物をまとめていた秋奈の手は止まり、病室の中に入ってきた水月と葉様に目を向けてくる。すぐに表情が明るい笑顔に変わり、水月は秋奈の体調が万全に近くなったことを改めて実感した。


「二人共どうしたの?退院をお祝いしに来てくれたの?」

「もう病室を出るんですか?」

「出るのは明日の予定。明日部屋に戻って、明後日グラミーちゃんを迎えに行こうと思ってる」


 日常生活に支障はないと判断されたことから病室を出るのだが、それで完全に回復したわけではない。それは水月や葉様も経験したことだから良く分かっていた。

 その状態で近くに妖怪を置いておくと、いくら仙人でも強い影響が出兼ねない。


 普通ならその危険を回避するために、体調が完全に回復するまで、妖怪を近くに置くことは避けるように言われるはずだが、秋奈が退院した翌日にグラミーを迎えに行くと言っていることを考えると、秋奈の傷は想像よりも速く回復しているのかもしれない。


 その回復の速さに驚いたが、それ以上に秋奈がちゃんと回復したことに水月はホッとしていた。それは秋奈の立場や技術を抜きにして、秋奈という人がちゃんと生きていて良かったと思う安堵だった。


「その調子だとお祝いじゃないみたいね」


 もう退院するのかと水月が聞いたことで思ったのか、秋奈がそのように言ってきた。ハッキリと言っているわけではないのだが、この場所に何をしに来たのか質問されていることは水月も葉様も分かった。


「条件を変えろ」


 水月が説明を始めるよりも先に葉様がそう言った。ようやく口を開いたかと思えば、その命令口調の言葉が飛び出し、秋奈は驚いた顔をしている。


「凄い言い方ね」

「ごめんなさい。だけど、私からもお願いします。仲後さんはもう刀を作っていませんでしたから」


 水月が頼み込むように頭を下げると、葉様も嫌々という態度を見せながらだが、秋奈に頭を下げていた。その姿を見ながら、秋奈はきょとんとした顔をしている。


「そう。それで条件を変えるように言いに来ただけ?」

「はい。お願いします」

「ああ、そうなのね。二人には悪いけど、条件を変える理由にはならないわよ」


 秋奈が声色を変えることなく呟いた言葉に、水月と葉様はすぐに顔を上げていた。秋奈はさっきまでと変わらない明るい笑顔で二人を見下ろしている。


「あの人に刀を作ってもらう。それが条件」

「ですが、仲後さんはもう刀を作っていなくて…」

「それがどうしたの?」


 秋奈は心底不思議そうに水月の顔を覗き込んできた。その表情や言葉から、秋奈の考えを読み解くことができず、水月はただひたすらに自分の顔を見る秋奈が少し怖く見えた。


「残念だけど、それは理由にならないの。私が教えるとしたら、仲後さんの刀を持つ。それが条件。それも自分に合った刀をね。そうしないと始まらないから」

「どうして、そこまで拘る?」


 葉様が少し苛立った口調で秋奈を問い詰めた。秋奈は少し迷った表情を見せ、それから、二人の手に持っていた刀の入っている袋を見た。


「二人はどうして私に頼みに来たの?刀を教えて欲しいなら、二人の隊の隊長でもいいわよね?」

「それは…この支部で…いえ、奇隠の中で秋奈さん以上に刀を扱える人はいないから」

「その技術以外に欲しい技術はなかった」

「つまり、二人共私にしか教えられないことを求めているのよね?」


 秋奈の問いに水月と葉様は揃って頷いた。その姿に秋奈は納得したように頷いてから、二人の持っている刀の入った袋を指差した。


「なら、最初の教えはそこ。自分に合った刀を持つこと」

「自分に合った刀?」

「技術や膂力に対して適切な刀を選ぶことはもちろんだけど、刀の質や体質との相性も仙人が戦うために刀を選ぶ基準になる。二人はそこができてないから、それが必要だと思ったの」

「それなら、仲後さんに固執しなくてもいいのでは?」

「それは仲後さんが誰よりも人に合っている刀を作れる人だから…ていうのもあるんだけど、それ以上に私はその方がいいと思っているから。だから、固執したいの」


 水月や葉様には意味の分からない言葉を口に出しながら、秋奈は少しだけ寂しそうな顔をしていた。その表情を水月が不思議に思っていると、急にいつもの明るい笑顔を浮かべ、両手を合わせた秋奈が首をわざとらしく傾げる。


「お願いね」


 そう告げる秋奈をそれ以上に説得することは流石の葉様でも難しいようだった。水月と葉様に残された道は再びミミズクを訪れて、仲後に刀を作るように頼み込むこと。それしかないようだった。

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