猿の尾は蜥蜴のように切れない(17)

 転んだ拍子に床板を貫いた相亀の手は、偶然にも床下で息を潜めていたトカゲの妖怪の上に落ち、トカゲの身体を掴むことになったようだ。その突然の衝撃にトカゲは気を失ってしまったようで、持ち上げた相亀の手の中で、死んだようにぐったりとしていた。


 思いも寄らない結果にはなったが、これで無事に廃屋に住みついていたトカゲの妖怪の捕獲が終わり、幸善達の仕事は終わったことになる。トカゲの妖怪が目覚めと同時に暴れ出さないように、用意していた特製の檻に収めてから、幸善達はQ支部に帰っていく。


 その道中で気になったのが、最終的にトカゲを捕まえる快挙を成し遂げた相亀の動きだった。相亀の足取りはかなり怪しく、本来は転ばないようなところで転ぶほどだった。


 幸善がその理由を聞いた途端、相亀の顔が真っ赤になって、急に幸善から顔を逸らしてくる。相手が相手なら、幸善のことが好きなのかと勘違いしそうになる反応だが、相亀の段階でそれはない。何か話せないほどに恥ずかしい理由があるのかと、すぐに幸善は察して、笑いを堪えることができなくなっていた。


「おい、どうしたんだ?話せないのか?」


 ニタニタとした笑みを浮かべながら、一切逃走を許さない幸善からの質問に、相亀は怒りを我慢した表情をしていたが、相亀の怒りなど幸善には関係ない。結果的には良いことになったのだからこそ、その理由は気にすることなく、説明してみるべきなのではないかと、幸善は無理矢理に相亀の口を割ろうとする。


「……うだよ…」

「ん?何?」

「だから、……うなんだよ…!」

「え?何だって?」

「だから、筋肉痛なんだよ!うまく身体が動かないんだよ!」


 想定外の相亀の答えに、幸善は水月や牛梁と顔を見合わせながら、笑いを堪えるのに必死だった。あれだけ動き回る仙人という仕事をしている相亀が、今は筋肉痛になっていると聞いて、笑い出さない方がおかしいくらいだ。


「筋肉痛って、お前…」

「仕方ないだろうが!こっちは命からがら逃げた翌日なんだよ!疲れも分かりやすく残ってるんだよ!」

「どんな怒り方だよ…つーか、命からがら逃げたって何かあったのか?」


 相亀の気になる発言に幸善は何気なく聞いてみたが、これも相亀にとって答えづらい質問だったようで、相亀は何とも言いづらそうな顔をして、幸善から顔を逸らしていた。


「お前には関係のないことだから」

「何だ、その言い方?」


 相亀の一方的な言い方に苛立ちはしたが、冷静に考えてみると、そこまで相亀のことを詳しく知りたいわけではない。もちろん、知っておいた方が損はない可能性もあるが、知っておかない方が得の可能性もある。何を言っているか分からないと思うが、考えている幸善も分かっていない。


 取り敢えず、適当な理由をつけて、話そうとしない相亀にこれ以上の質問を重ねないようにしながら、じわじわと湧き上がっている怒りを静めようとしていた。


 その間にも、幸善達はQ支部に到着し、捕獲したばかりのトカゲの妖怪を引き渡そうとしていた。相手は以前にも幸善が逢ったことのある満木まき夏梨かりんだ。冲方がトカゲの妖怪を引き渡す光景を眺めながら、思い出したように幸善は満木に聞く。


「そういえば、グラミーの様子はどうですか?」

「変わらず、元気ですよ。もうすぐ秋奈さんが退院されるそうなので、ここでの生活もそこまでですけどね」

「ああ、そうなんですね」


 秋奈も無事に動けるくらいに回復したようで良かったと思っている幸善に、満木はまた顔を出すように頼んできていた。どうやら、他の妖怪の声を聞きたいと考えているらしい。確かに前回はナインチェの一件があり、あまり深く話せたわけではないと思いながらも、その対応に困っていると、不意に水月が幸善の服を引っ張ってきた。


「あの…頼堂君。今、思い出したんだけど、いい?」


 急に小声でそのように聞いてきた水月に驚きながら、幸善は満木に断りを入れて、水月に何を思い出したのか聞いてみる。


「その…明日、暇かな?」


 その一言に幸善はしばらく言葉を失っていた。その後の幸善の返答から、翌日に幸善は水月と逢うことが決まり、幸善は密かに心の中で雄叫びを上げていた。


 どうやら、水月からデートに誘われたようだ。

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