兎は明るく喋らない(11)

 見た目は想像以上に幼かった。小学生くらいだろうか。この時間帯に外を一人で出歩くとは思えない年齢だ。青い髪は日の沈んだ暗闇の中でも分かるほどに、ハッキリとした色味をしていた。月の光を反射する青い瞳は暗闇の中では光って見える。話にあった通りの姿に冲方達が息を呑む音が聞こえてくる。


「何?」


 そう聞き返し、不敵に笑いながら、首を傾げた男の子が、その体勢のまま幸善を見ていた。この男の子が可能性通りに人型なら、幸善を知らないはずがない。その反応に幸善は目の前の男の子が人型ではないのかと思った。


「ねえ」


 そう思ったら、不意に男の子が幸善に近づいてきた。その行動に冲方達の緊張感が増していることが分かる。仮に目の前の男の子が人型なら、不用意に接近させるべきではないだろう。

 それは分かっているが、幸善にはその判断ができなかった。男の子が人型ではない可能性に、男の子の正体が分からなくなる。


 やがて、男の子が幸善のすぐ前に立った。幸善の顔を見上げてくる表情は、未だに不敵な笑みを浮かべている。


「お菓子は好き?」


 そして、その質問が口から飛び出たことで、幸善達の緊張が和らいだ。男の子は自分の懐を探り始め、そこから、一枚のクッキーを取り出す。それはさっきの洋菓子店で売っており、田村の家に空き箱もあったクッキーだ。

 それを幸善以外の四人にも順番に配る様子を見ながら、幸善は男の子に話しかけた。


「君はここで何をしていたの?」

「帰るところだよ」

「家はどこに?」

「すぐ近く」

「家族の人とかは?」

「ねえねがいる」

「お姉さんはどこに?」

「ここにはいないよ」


 全員がクッキーを受け取り、幸善と男の子の会話を見守っていた。話からは男の子のことが良く分からないが、双子の証言があるように姉がいることは確からしい。これから、どうするべきかと思い、その判断を仰ぐために幸善が冲方に目を向ける。


「なら、そのお姉さんと逢わしてくれるかな?少し話が聞きたいんだ?」

「話?何?」

「探している人がいるんだ」


 冲方が丁寧に説明し、何とか双子の両方との接触を図っているようだった。その質問に男の子は不思議そうに首を傾げ、冲方に聞いてくる。


?」


 その質問に幸善達は固まった。今の話の流れから想定していなかった言葉の登場に、幸善達の頭は一瞬で混乱した。その混乱した頭に止めを刺すように、男の子は更に言葉を続ける。


「それとも、全員?」

「ちょっと待って。何を言って…?」

「でも、無理。返せない」

「君は…」


 冲方が男の子の正体について聞こうとした瞬間だった。男の子の視線が幸善に向いて、再び不敵な笑みを浮かべてきた。


「だけど、は来てもいいよ」


 それが明確な答えだった。気づいた瞬間には冲方が刀を取り出し、牛梁も臨戦態勢を整えようとしていた。佐崎や杉咲は慣れていなかったのか、その言葉に反応し切れず、三人から遅れたタイミングで刀を取り出そうとしている。その間に幸善がナインチェを守るために、男の子の足元にいるナインチェのところに飛び込もうとした。


 その直前、幸善達五人の腕が凍った。


「はっ!?氷!?」

「しまった…!クッキーだ!クッキーに氷が仕込まれていた!」


 冲方が咄嗟に手を地面にぶつけて、手を覆った氷を砕いていたが、その動き自体がロスだった。男の子を中心とした周囲の温度が下がり、冲方達の足元を氷が迫ってくる。


「捕まる!?」


 咄嗟に佐崎が取り出した刀を鞘ごと振るい、足を捕らえようとした氷を砕いた。


「これなら、問題ない。氷自体はあまり硬くありません。砕くことは簡単です」


 佐崎の言葉の通り、幸善や牛梁も自分の手を覆った氷を砕くことに成功していた。少し手に仙気を移動させ、保護した状態で地面を殴ったら、すぐに氷は砕けた。


 問題はそれらの行動を取っている間に、男の子の準備が完了していたことだ。男の子の周囲に巨大な氷の大砲が数門できていた。


「どーん」


 男の子が口に出した瞬間、そこから氷の塊が飛び出した。速度はそこまで速くなかったが、問題は大きさと硬度であり、砕ける程度の硬さでも、それが飛んできてぶつかれば、大きな威力になる。幸善と牛梁は必然的に回避しなければいけなかった。冲方や佐崎、杉咲の三人は刀を振るっているが、斬るというよりも砕いているだけで、そこから攻撃に転ずることはできていない。


 このままだと押し切られるか、逃げられるか。どちらにしても、男の子を見逃す道しかない。幸善がそのことに焦りを覚えた直後、男の子が大砲の隣で体勢を崩し、氷の塊を放ち続けていた大砲が動きを止めた。


「何?」


 そう呟いた男の子の上に乗るように、ナインチェが着地した。どうやら、ナインチェが背中に体当たりを噛ましたらしい。男の子が笑みを変えることなく、背中の上のナインチェを見ようとしていた。


 このままだとナインチェが氷の餌食になる。咄嗟に幸善は走り出し、ナインチェを抱きかかえるように飛び込んだ。幸善がナインチェを抱いて、そのまま転がった直後、男の子の背中に棘のように鋭い氷が飛び出した。


 危なかった。そう思った幸善がナインチェの無事を確認するように、ナインチェに目を向けた。

 そこでナインチェが幸善の腕を引っ掻いてきた。それはまるで幸善が助けたことを咎めるようだ。


「はあ!?助けるなって言いたいのか!?」


 その一言にナインチェは小さく頷き、そのまま立ち上がろうとした男の子に目を向けた。その視線から幸善はナインチェが何を考えているのか理解した。


「そうか…お前は今の隙にあいつを倒して欲しかったのか…」


 今度は首を動かさなかった代わりに、ナインチェの耳がピクピクと動いた。その動きを見ながら、幸善は思いつきで確認するように、自分の掌を見た。


「それなら、もっといい手段がある」


 幸善の呟きに反応するように、ナインチェが幸善を見てくる。その視線に頷きを返しながら、幸善は男の子に再び目を向けた。


「一緒にあいつを倒そうか」


 そう呟いた幸善の手から、柔らかな風が吹き出した。

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