死神の毒牙に正義が掛かる(6)

「おっとっと」


 軽くよろめいた水月みなづき悠花ゆうかを受け止めようと、咄嗟に幸善と牛梁うしばりあかねが手を伸ばした。その手にぶつかることなく、倒れる寸前で水月は踏み止まる。


「ありがとうございます」

「ちょっと悠花。しばらく動いてないんだから気をつけないと」


 穂村ほむら陽菜ひなの全うな忠告に水月は困ったように苦笑する。しばらく安静が続き、水月の身体は想像以上に衰えているはずだ。そのことを水月自身が一番痛感しているのか、苦笑が消えた瞬間に少し焦りが表情の中に見える。


 長らくQ支部内の病室に入院していた水月だったが、ようやく怪我が回復したこともあり、今回ついに退院が許されていた。ただし、日常生活には問題がなくても、まだ仙人としての活動は難しいらしい。


「荷物はこれか?」


 相亀がそう言って、ベッドの脇に置かれた鞄を手に取った。その姿を見ながら、幸善が驚いた顔をする。


「何だよ、その表情は…?」

「いや、女の人は触れないけど、女の人の持ち物は持てるんだなと思って」

「俺をどんな奴だと思ってるんだよ…?」

「変態」

「墓は用意したか?」

「おい。ここには病人や怪我人もいるんだ。そういう発言は控えてくれ」


 静かに剥こうとしていた相亀の牙は、牛梁の真面目な一言に簡単に抜かれ、相亀は肩を落として謝罪していた。その姿に笑いを堪える幸善の隣で、水月と穂村が小競り合いを起こしている。


「これくらいは持つよ」

「まだ全快じゃないんだから、無理しない方がいいよ」

「でも、少しずつ動いた方がいいから」

「これは少しに該当しないよ」

「これくらいなら大丈夫だから」


 自分の荷物を人に持たせることに心苦しさを覚え始めた水月と、水月の体調が心配で堪らない穂村の攻防に、幸善はひたすらに温かい目を向けていた。このやり取りを見てしまうと、自分と相亀のやり取りに壮絶な虚しさを覚えてしまう。


「何だよ…?」


 幸善が哀愁漂う目を自分に向けていることに気づいた相亀が、困惑気味に聞いてくる。その反応に幸善は何も答えられずに、ただ溜め息をついた。


「何なんだよ…?」


 幸善の反応に困惑が強まった相亀が息を吐くように、静かに疑問の声を漏らした。


「ごめんね。遅れちゃったよ」


 そこで水月の病室にようやく冲方が現れた。相亀が遅かったことを指摘すると、軽く頭を下げて謝りながら、直後に真剣な表情で幸善達を見てくる。


「出る前に少しいいかな?」


 そう言いながら、冲方が穂村に目線を向け、それだけで穂村は察したのか、水月に「待ってるよ」と声をかけていた。さっと穂村が病室から出ていき、その間に冲方がスマートフォンを弄り始める。


「いくつかの資料と写真を送ったから見てもらえるかな?」


 冲方のその一言に四人はスマートフォンを取り出した。


「いくつか進展があったんだけど、その情報共有と一つ急ぎの案件があるんだ」

「急ぎ?」

「まずは情報の共有からしようか。昨日、11番目の男ジャックと繋がっていると思われるシェリー・アドラーと逢っていた男が見つかったんだよ。それを見つけたのが、序列持ちナンバーズのNo.4何だけど、この調査はそっちの方でするらしいから、取り敢えず、把握だけしておいて」


 冲方のその言葉に返事をしながら、顔を上げた幸善が水月の表情の強張りに気づいた。どうしたのだろうかと思ったが、それを考えるよりも先に冲方の話は進んでいく。


「それから、ショッピングモールにカマキリが現れた時に男が目撃されたんだけど、その男を有間ありま隊の人達が別の場所で目撃していたらしいんだよ。それがその似顔絵の男」

「このもう一人の女は?」

「その男と逢っていたらしい人だよ。その人も人型か、その関係者の可能性が高いね」

「もしかして、急な案件ってこの人物の捜索ですか?」

「いや、ここまではただの情報共有だよ。その人物の捜索も別で動いている仙人がいる。急な案件は最後の資料だよ」


 冲方の指示を受けて、幸善達が最後の資料を見る。


「昨晩、二人の仙人が殺害される事件が発生。それぞれ殺害方法、殺害場所は違うけど、死亡推定時刻はほとんど同じ時間で、どちらもそれなりに戦える仙人であることから、犯人は人型を含む妖怪か、仙人と推察されている。この調査を急遽、冲方隊で行うことになってしまったんだよ」

「今からですか?」

「内容が内容だからね。急いだ方がいいという判断なんだ。ただし、水月さんは今の状態的に難しいと思うから、先の二つの情報だけ把握をしておいてもらって、後は私達四人で調べていくよ」

「え?でも、大丈夫?荷物とか多いけど…」

「それは大丈夫だよ。私と陽菜で持って帰れるから」

「申し訳ないけど、そういうことでお願いするよ」


 急遽舞い込んできた仕事に幸善達は仕方なく、病室を後にする。その外で待っていた穂村に軽く謝罪し、幸善は再度スマートフォンに目を落とした。


 仙人が殺された。それは冷静に考えてみると、幸善が仙人になってから、初めて対面する出来事だった。

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