6-10

 宝石の烈女は去り、場に残ったのは関係者から当事者にシフトチェンジした。

 魔女ホーリエは留学の企画側であっても留学そのものに参加はしない。そして今ここにいるのは全員が同行者、当事者だ。


 姉が去り、ひとり座したブルハルト家の姫君、第四女アリティエ様も含めて。


 この一団における主役たる少女の側に控えるのは護衛と侍女がひとりずつ、しかし部屋の室外にはもっと目立たぬ形で何人もの護衛がいるのだろうと予想はできる。

 単純に考えれば筆頭公爵家継承権4番目の主。大事にされないわけがない。


「では此度の座長とでも言うべきブルハルト家の四女様、アリティエ様に挨拶していただきましょう。アリティエ様、こちらにどうぞ」


 段取りの悪い班長が主演を促し、話し合いの前に花を添えようとする。

 さりげなく置かれた踏み台にトコトコと歩み登り壇上に立ったのは可憐な少女。

 魔女襲来と再来の二段構えで余裕を失った心はこの時はじめて四女様の姿をじっくり観察することが出来た。


 少女の印象を一言で表せば「小鳥」だろうか。

 わたしより年下の長女が既に妖花の片鱗を醸しているのに対し、四女様は子供らしく可愛らしい感じの女の子だった。

 おかっぱでくりくりした瞳、どことなくスズメを彷彿とさせる柔らかそうなふんわり髪が妖しさを無くして童女の気配を強く見せる。


(うん可愛い、七五三の着物とか着せたら超似合いそう)


 ゲームでは存在のみが明かされていた魔女の妹たち、そのひとり。愛らしい人形めいた造形に魔女がもたらす恐怖の面影は皆無で安心する。

 小さな子が一生懸命に何かをしている動作はそれだけで和む。緊張の後に来る緩和が与える効果はわたしの頬も緩ませるというもの。

 ブルハルト家四女アリティエ様、姉相手に弾んだ会話をしていた声もまた可愛らしく


「よく集まりまちた群雀むらすずめたち」


 群雀。

 長い冬を終えて雀たちが喜び集う様子を表した春の季語。

 ──しかし今の文脈だと、人の集まりを指し示す場合には異なる意味を持つ。


 即ち、有象無象とほぼ同じ。


「非才なる身を粉に、わたちによく仕えて職分をまっとうしてくだちゃい」


(愛らしい声と口調で何を言ってるんだこの子!?)

 

 イメージが瞬時に破壊された。

 舌足らずのお言葉に心の中で頭を抱える。独断と偏見で読み解けば、ある意味とてもフィクションに登場する傲慢貴族らしいというか。

 小鳥みたいな可愛らしい外見なのに吐き出された言葉は超上から目線だった。それも子爵家程度のバカボンと異なり確かな背景、強力なお家を背負った立場からの剛速球。


 しかし群雀て。

 あの遣い方では実に見下げた侮蔑表現。わたしは貴族階級底辺系男爵子女だから反論のしようもないけど、他のお友達役って資料によると貴女ンところの派閥な伯爵家や侯爵家の子女たちなんですけど!?


 前に座る3人のお友達役から立ち上る怒りのオーラが見て取れるよう。立場を考えて激昂したりしない様子でも内心の葛藤を社交スキルが見逃さない。

 貴族社会は見栄と面子の社会、いくら筆頭公爵家の四女様とはいえ面罵されて怒るのは当然といえる。それでも腹を立て家名にかけて言い返したりしないのは教育行き届いた選抜メンバーの自制心といったところだろうか。


 流石はブルハルト家が派閥から厳選した精鋭、そこに放り込まれたわたしの不幸。


「あとは下々で話ちあってくだちゃい。悉く佳く仕えるのでちゅよ」


 雀らしき身振り手振りで猛禽めいた暴言を残し、少女と付き人達は軽やかに部屋を後にした。

 残されたのは雀の群れでございますチュン。

 いいのか、あれを海外交流に連れ出していいのか、との余計な心配が脳裏を過ぎる。国内だと名家パワーでどうにかできても国外はヤバいでしょマジで。


(……いや、それとも姉の前で可愛らしい妹をやってたように取り繕えるのかしら)


 いやいや、内面がどうあれ表面を取り繕う社交性を理解し、出来る能力があれば自身に仕える下々を前に本音を出して見下す必要はなかったことも分かるはず。

 なのに派閥の侯爵家・伯爵家子女を前にしてもあの言動、あの態度、あの傲慢。


 ──やっぱり国の外に出しちゃ駄目なやつでは?


「え、えー、では改めて留学中の勤務体系シフトについて説明を」


 一言では表現し辛い感情渦巻く空気の濁った中、司会者ハーディン氏は本来の目的を思い出したか口上を述べ始める。

 この場のどうしようもない雰囲気を顧みない機械的処理、役目なのは分かるけど休憩くらい挟んで。心を健やかにさせて!


 わたしの目力ビームは彼の鈍った心身には効果なく、目を伏せたままの班長はここでも気の利かないぶりを発揮して強引に取り決めを消化し続けるのであった。


******


 さて、雰囲気最悪二段構えから始まった短期留学における役割分担の詳細詰め作業。

 結論からいえば、開始前の恐怖体験に比べて実に平坦、ほとんど誰も口を挟む箇所のないシフトとスケジュールの確認会のようなものだった。


「──というように、護衛及び四女様のお世話一式はブルハルト本家の騎士や使用人たちが執り行うため、我々の役割はそれほど多岐に当たらないと考えもよろしいかと」


 お手元の資料をハーディン班長の解説と共にページめくり、おそらくは筆頭公爵家の誰かが作成した完璧な旅のしおり、もしくは旅行マニュアルを目で追う。そこにはおおまかな組織構造や使用人たちの役割が書かれているものの、詳しい配置図までは載っていない。

 まあ分かる、要人護衛の基本とでもいうべきか、当事者たち以外に詳細は漏らさない原則が働いている。なのでわたし達が理解すべきは配置人員の顔を名前、「彼らはこういう役割を担っています」との把握程度。


 そして我が偏見を否定されたことで安堵できた事例がひとつ。


(毒見役が無いのは助かるわァ)


 貴人に必須との偏見があった御側職、毒見役。

 ロミロマ2世界では水魔術に『浄化』の術があり、高位魔術師ならば特殊な魔術毒以外は浄化できるので、あらかじめ貴人の食するものに『浄化』をかけるのが当たり前のように行われている。よって毒死覚悟で先んじて口にする役目そのものが不要なのだ。

 これの何が安堵できたかというと


(友人役のわたし達が毒見をやれって言われるかもしれなかったし!)


 可能性は低くともゼロではない、この懸念が晴れて事前の心配事は無くなった。

 しかし心配材料が全て消えたわけではない。

 というかさっき増えた。


「以上につきまして、彼らの役割と理解した上で、お供役の4名には自然体で『らしい』振る舞いを期待します」


 わたし達の役目に関して班長がつけたリクエストの感想は「難しい注文をおっしゃる」というのが素直なところ。

 護衛がいるのを念頭に置きながら、護衛を気にせず自然に四女様の友人役をまっとうせよと言われたわけだ。

 確かに難しい、難しいけど、まだ社交性フルパワーでなんとかなる範囲と言えなくもない。

 今のわたしが一番懸念している事柄に比すれば目も瞑ろうというもの。


 ここまで沈黙し、最後の最後に晴らしたい、さっき湧いた懸念に比べれば。


「──以上、こちらからの説明項目は終了となります。他に気になることがあれば挙手を」

「はい」

「え、えーと、貴方は確か……」

「教会推薦のアルリー・チュートルです」


 この瞬間を待っていたんだ、とばかりに率先して手を挙げる。

 拒否は困難な小留学の随行任務、一番安全な「同行したくないです」を発動できない以上は二番手を確保すべく努力すべきなのだ。

 幸運が転がり込むのを待つは愚策、行動してこそ光を掴める。


「え、はい、チュートル男爵家の。はい、それで何か?」

「わたしが確認したいのは一点です」


 降って湧いた不安材料の回避、それを許される立場の確立こそ急務。


「四女様の諫言役、何かしら諸問題が生じかねない際に言動をお諫めする役目は他のお三方にお任せしてもよろしいですよね?」


 あの子が留学先で何かヤバそうな行動した時、横入りで食い止めるのは他のお友達役3人に押し付けてもいいですよね?


 ものすごく保身に走っている自覚はある。

 でも第一歩を冷静に考えてみて、「男爵令嬢が筆頭公爵家令嬢の行いに文句つける」なんて冗談ではない。そして彼女の言動を見た今では、外交の席で全くのポカをやらかさないなんて能天気に安心もしていられなくなった。


 名家ナンバー2の権威に最下層貴族が異を唱える、口を挟む、逆らう。首が幾つあっても足りないと言わざるを得ないんだから仕方ないじゃない!

 オマケにこちらは派閥の人間でもなんでもない、そこまでの義理は無いし失っても派閥の損にならない人間だからと簡単に切り落とされかねないわけで。


 忠臣に必須とされる挺身ムーブなんて求められても困るし絶対にやりたくない。

 わたしは死にたくないんだから。


 確固たる責任回避の発言が吟味されるためか数秒の沈黙を経て、


「お待ちくださいませ」


 上品に手を挙げたのはお友達役のひとり。

 確かユーグラン侯爵家の令嬢ヴェロニカ様。友人役の中で一番格上のお嬢様。

 教育行き届いた令嬢特有の優雅な動作でわたしの方を振り返り、


「わたくし達は一心同体、同じ目的同じ立場でアリティエ様をお支えする立場。そこに貴賤など無く一丸となって役目をまっとうすべきだと思いますわ」

「そ、そうですわねヴェロニカ様!」

「わたくしもそう思います!」


 ヴェロニカ様の発言に慌てた様相で同意する残り2名。

 とても上品な振る舞いと言葉遣い、しかしわたしの社交スキルは騙されない。

 今彼女が言ったのは「逃さんぞ絶対、一蓮托生やぞ」との本音を飾ったものに過ぎないのだ。侯爵家の人間でもブルハルト家の威光は恐ろしく、我がままな子供を躾けるのにも遠慮或いは忌避が及ぶのか。

 ますます関わりたくない。


「ヴェロニカ様の御心は分かります。されどこの身は南方の男爵家にて末席を汚す者に過ぎません。王国の名家にして北方の雄たる筆頭公爵家のお方に近付くなど畏れ多く」

「何をおっしゃいますの! 先も申した通り、国家事業の前にわたくし達の間には身分差などありません! 皆が協力し合いアリティエ様を陰日向なくお支えする。その重要事を前に些末なことですわ!」

「しかしながら──」

「そう言われますが──」


 あれはお前ンところのトップの子やろ、わたし無縁なんでお前らが率先してヤンチャ姫の面倒見てください。

 ふざけんな、他派閥だろうと登用されたんだからお前も同類やぞ、荷物は一緒に背負わなあかんやろ、逃げんな!


 心温まる本音を隠しての丁寧トークは平行線、結局何も決まらず懸念材料は埋め込まれたままで不毛な会議は終了した。

 深いところでは分かり合う関係に、しかし絶対に譲れない一線を抱えたままで。

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