6-08

 壮行会の開始はますます入学式のそれに近付いた。

 流石に一同パイプ椅子に座って拝聴とはならないが、雑談を慎み一段高く設置された壇上の司会者へと耳目を集めている。


『まずは本日、お集まりいただきました皆様方に挨拶申し上げます──』


 弁舌滑らかな執事服の男性による会の趣旨、進行スケジュールと様々な注意事項の確認などが耳障りよく伝えられていく。

 これら内容は事前に書面で通達された通りのもの、いわば再確認だ。重要事項ではあるが貴族的に勿体つけている側面は否定できない。


 では、何を勿体つけているのか。

 ──言うまでもない、壮行会の主役の出番を、である。


 会の進行表にもその名は記されていた。

 国家事業の国際交流、王家でなく家名を全面に出す表明が許されている程の影響力を発揮し、進んで上級貴族の一員を送り込むことの出来る名家の水晶花。


『では皆様方、注視願います。今留学を推進、多大なる尽力くださったブルハルト公爵家のご当主様に成り代わり、長子のホーリエ様よりお言葉をいただきます』


 司会執事の号を受けて、会場の魔導照明が光量を落とす。一条のスポットライトが舞台袖より現れたひとりの少女を眩く浮かび上がらせる。

 輝明の中を歩む彼女は、太陽のそれよりは月光の如き朧気を醸して見える。


 あれがブルハルト家の長女。

 『大公』ルートのライバルヒロイン、銀月照らす夜空の青髪を垂らし、薄い紫と深い黒青の色を違えた双眸、ゲーム設定曰く魔の血筋が伝える左右異瞳『宝石眼』を湛えた稀代の魔女。


 ホーリエ・ブルハルト。

 名前は可愛い響きなのにロミロマ2で「悪役令嬢を選べ」とのお題あればファンの100人中100人が彼女を指し示すとまで言われた公爵令嬢。

 大公家のフェリタドラがファンから『姫将軍』と呼ばれていたのに対し、ホーリエはそのままストレートに『魔女』との呼ばれ方が浸透していた。若いのに魔法少女とは呼ばれなかったのは気の毒と言えたかどうか。

 魔法少女呼びは可愛さが先行して貴族らしさに欠けることであるし、そうでなくとも名前に反したホーリエの外見には似合わないだろう。


(美しさと妖しさが混ざってるのよね、彼女の場合)


 月下美人と称するには儚さよりも色艶の強い彼女も『学園編』ではマリエットと同時期に入学を果たす、つまりわたしの1年後輩の13歳となるのだけど。

 大きく肩を開いたドレス、着る者によっては下品との謗りを免れないデザインのそれを風格と体格で見事に着こなしていた。

 ──ホーリエ・ブルハルトは作中の令嬢の中で一番のナイスバディだとブックレットに記されていたキャラなのだ。


(彼女を攻略するのに全く役に立たない公式設定だけどね!)


 うん、まあ立ち絵やグラフィックを見れば分かっていた情報だ。ひとつ年下のはずの彼女を前に、既に体型でアルリーの平均的ボディラインはボリュームにおいて大きく後れを取っているといっても過言ではあるまい。

 「そうそう、悪役令嬢にはナイスバディであって欲しいものだ」とは兄の評価。理性では拒否したいものの感性ではなんとなく主張が理解できたのが悔しい思い出だ。

 やはり食べ物の差か、高級食材が決め手なのか。でも『公爵』ルートのライバルヒロインはあんまり育ってないスリム体型だったんだよねェ。


『──此の度は、我がブルハルト家を代表して挨拶を務めさせていただきます』


 家名を出しても自身の名は出さない。

 あくまで当主の代理であるとの立場表明と、名乗らずとも誰かを知っているでしょうとの自信の為せる合わせ技。

 これが許される上級貴族ナンバー2の家系たる所以。


『王国の歴史は平和と争いの歴史でもあります。四方を囲む華漢、シヴェルタ、ユグドラシア、そしてリンドゥーナ。かの国々と時に矛を交え、時には共栄し今の王国は栄華を誇っております』


 今は。

 確かにその通り、10年後にリンドゥーナ進撃バッドエンドが来なければ頷ける意見だ。魔女ホーリエが知るはずもないが、今の繁栄は内と外から脆くも焼き尽くされる楼閣でしかないのをわたしは知っている。

 だからこそ、王国のお偉いさん方が邁進する外交政略の他、国内の火種が育たないよう働きかけが必要なのだ。 


 ──それにしてもひとりの少女の恋愛が国中に燃え広がる炎って、言葉にすると妄言にしか思えないのが凄い。傾国の美少女とはこのことか。

 なんともこわい。


『皆様方の一助が、王国のより良き繁栄の一助足りえますよう、ここにブルハルト当主代理として平に願うものであります』


 壇上から会場すべてを一瞥し、魔女のお言葉は終了した。その後に場内を包んだのはしめやかなる拍手。観劇の終わりに埋め尽くす熱心さを欠いた、儀礼の拍手だ。

 ブルハルト家当主代理の挨拶を以って壮行会は入学式からクラス分けに移行する。

 大会場からそれぞれ役割に分担されたチーム別室に移動、顔合わせとミーティングを行うのだ。まさに新入生が1年の教室に入って同級生を確認するが如く。


 簡単に分ければ次男クラス、四女クラス、護衛クラス、下働きクラス。

 下働きクラスが一番人数多く、護衛クラスは全体の守りとVIPの護衛、リンドゥーナ側の兵員との連携も多く煩雑としている。

 そして次男クラスと四女クラスは近侍の護衛官とお友達役専用の少数精鋭。


(わたしは四女様チームだから、別棟2階のA室か)


 特に嬉しくもない希少枠。

 思わぬ押し付けられ任務はブルハルト家とのコネに成り得るか、深追いして虎の尾は踏みたくないな程度の関心でわたしはミーティングルームに足を運ぶ。

 待ち受けるのは魑魅魍魎、とは言わずとも気を払わなければならない相手。


(お抱え騎士の護衛官はともかく、わたし以外のお友達役は上級貴族の令息令嬢だろうし、そっちにも気を遣うなんて面倒な話だわ)


 友達付き合いは同じレベルでしか発生しない、これが貴族社会の基本。

 無論人間同士の付き合いに例外は幾らでも発生し得るが、例外とは数少ないから貴重にして例外。多少の爵位差は許容されても極端な身分差は歓迎され難い。

 『学園編』の中でなら好成績が身分差を越える例外を作り易くもあるのだけど、残念ながら平時にそれを期待するのは無駄というもの。


 現時点において、最下級の男爵令嬢はそのままの評価で対人関係に挑むしかないのだ。


 とりあえず失礼のないようにミーティングルーム入室前のノックは欠かせない。

 時折子供の笑い声の聞こえる以外は静かな壁の向こう側。室内からは数名の気配が漂って来るので在室はしているはずだ。あまり和やかには思えない雰囲気に下手な入室の仕方は誰かの不興を買いかねない、実に小物ムーブだけど迂闊な真似は避けるべきなのだ。


「失礼致しまグブッフ!?」


 思わず噴き出しそうになった感情の発露を気合で飲み込んだ。多少語尾が怪しくなったかもしれないがそれどころではない。

 妙に室内が静かだとは思っていた、10名前後の入室者が雑談のひとつも交わさずおとなしいのは妙だなと感じてはいたのだ。

 そして僅かに漏れ聞こえた唯一の、子供の声。

 これら情報を総合的に検討する前に、飛び込んできた光景が答えを見せてくれた。


 しんと静かに着席した数名の年若い男女が緊張感を漂わせ。

 唯一楽しげな声を上げているのは可愛らしい女の子。

 その少女が笑顔で接しているのは、既に教会を辞したと思っていたブルハルト家の長子。

 ただ座っているだけで周囲を静寂を強いる存在が室内に堂々と、


(まだおったんかい魔女ホーリエ!! 早よ帰れ!!)


 一見すれば仲の良い姉妹のやり取り、実態はただの危険因子に心の関西人が抗議のツッコミを果たしていた。

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