6-05

 貴族王侯は礼典式典が大好きである。


 好みというか、それを行うことで権威を示すのが好きなのだろうと思う。これこれこんな豪華なパーティを開けるのだぞと力や財産をひけらかすことで自尊心を満たせるが故。

 勿論実利もある、それでも最大の利は矢張り力の誇示であろう。

 民衆に対してだけでなく、貴族同士を相手にしても『我が家の権勢をご覧あれ』との圧と見栄を携えて。


******


 ある日のこと。

 自室で文通作業に取り組むわたしに届けられた報は、近々起こる大規模イベントに関する内容だった。


「『留学の事前壮行会お知らせ』、と」


 パパン相手に届けられた一枚の封書。

 まずパパンが封を切って目を通した後、即座にわたしへと転送された手紙の内容を一言でいえば上記のものとなる。

 隣国リンドゥーナへの海外留学。

 筆頭公爵家が表立つ国家事業、ここはひとつ華々しく送り出してあげようとの壮行会が実施されるのは当然かもしれない。


「『今回はあくまで内々の壮行会、留学に参加する令息令嬢の間で親睦を目的とした……』ね」

「筋は通ってますな」


 言ってみれば関係者の顔合わせ。

 ただし例えるなら学校でのクラス替えよりはメンバーを一新した生徒会始動の方が近いと思う。前者なら同格同士の対面だけど、後者なら役職役割の差を振り分けられた上での対面だ。

 その心は懇親よりも互いの立ち位置の把握。


「留学という名の宮仕え、しんどそう……」

「それも本来縁の無い、派閥的にも地位的にも接する機会が無いはずのお歴々が揃う場でございます」

「そうだけど何故わざわざ脅すのか」


 筆頭公爵家が主催。

 この時点で上がり盾男爵家が場違いすぎる。上級貴族の壮行会で男爵に回ってくる役割などはせいぜい警護だ。それも建物の外縁部、内部に立ち入ることはない。派閥が違えば尚のことであろう。

 当たり前に立ちはだかる身分格差を飛び越えた特例が今回の一件。


「お嬢様の場合、礼法に関しては問題ないとセバスティングめが保証致します」

「うん、まあそこはわたしも自信あるけどさ」

「ただし『どこの馬の骨だ?』との視線はまず避けられませんな」

「ぐふう」

「それに『なんて貧相な格好を!』との視線も覚悟せねば」

「ふぐぐ」

「さらに付け足すならば薄汚れた小動物を見るような哀れみの」

「セバスティング、醤油を2リットル持ってきて」


 毛色の違うネズミには好奇の目線が突き刺さるものだ。

 執事の口上は退屈を厭う貴族にはありがちな余暇凌ぎの他人を見下し悦に浸る行動だと推測が成り立ってしまう。

 やはりここは一気飲みで体調崩すしか。カモンラストエリキシル。


「冗談はともかく、此度の集会は上級貴族の社交場に非ず、顔合わせであれば集まるのは護衛の騎士や雑用係、下働きの者の方が多いでしょう」

「だったらなんでさっきは脅したのか」

「即興政治問題でございます。あの程度論破していただかないと」

「詭弁ンンン」

「冗談の冗談はともかく、気は引き締めるべきかと」

「最初からそう言いなさいよォォォォォ」


 結論に誤りはない。

 なのにひたすらわき道寄り道が過ぎるのもどうかと思うのよ令嬢としては。


「ただひとつ懸念はありますな」

「それって真面目な話?」

「このセバスティング、ダンケル様とお嬢様にお仕えする身。決して無駄口や冗談を述べたことなどございませんが?」

「ついさっきィ」

「顔合わせ会となれば、男爵家も留学に随行させるお供を連れる必要があるのではないかと思った次第」

「真面目な話だ! どうしよう」


 言われてみれば盲点だった。

 わたし自身は自分磨きの成果を信じている、セバスティングとステータスの数字を信じているから自信満々だった。


 しかしわたしの成長はお家の現状を変えるにはまるで至らない。現代チートの商売パターンを魔導文明に封じられた時点で叶わぬ夢と化した家の発展による影響力増大。

 財政にも権力にも特筆すべき点無きただの男爵家、新たな使用人を抱える余裕以前に心当たりが無いままだ。


「期間限定執事の募集はどうなってるの? 一応騎士階級の子息たちも候補にしてるのよね?」

「学園のお供ならともかく、留学の同行者に求める要求が高うございますからな」


 これも突発イベントの悪影響。

 年単位の留学は避けられたものの、リンドゥーナ行きの滞在期間は3ヶ月前後。その間に家を空けるわけにいかないためセバスティングの同行は不可能。エミリーは精神的プレッシャーに耐えられると思えないので却下。


 となれば留学に連れていく第3の使用人が必要なのだけど、まるで当てが見つからない。本来なら学園入学までに探せばよかった人材登用を早巻きでしなければならない事態、切迫と困窮が危ないでピンチ。

 それも筆頭公爵家の一族を前にして恥ずかしくない教養を身につけた執事やメイド。うん、財政面でもコネ的にも雇える気がしない。


「此度の顔合わせにはやむを得ずセバスティングめが同行致しますが」

「この先困るわよねェ」

「留学を主導する筆頭公爵家に伝手を頼んでみては」

「それは最終手段にする。怖いし」


 文字通り畏れ多いのもある上、自分からライバルヒロインに認識されにいくのも遠慮したいものだ。

 『学園編』を前にして生えてきそうなイベントの種を植えたくない。


「とりあえずデクナとサリーマ様に心当たりを聞いてみる。少なくともウチよりは顔も手も広いだろうから」


 わたしが切れる最大のコネ両翼、ダブル子爵家の伝手を頼る方針を固める。立っている者は余所の家でも使うのだ。

 まっこと友人とはありがたいものである。


「では懸念のひとつを片付けたところでもうひとつ」

「まだ何かあったっけ? ……って封書?」

「お喜びください、こちらは封蝋付きかつお嬢様を指名ですぞ」

「既に厄介事の予感しかしない」


 セバスティングが懐から新たに取り出したのは上質の紙で作られた封書。

 この時点で事務的なカルアーナ聖協会ではなく格調を重んじる貴族からの手紙なのが読み取れる。それもウチより格上との予想が叶う手触りの良さ。


 貴族の手紙は100円ショップで売られてるような縦長封筒でやり取りできるはずもなく、横長のお高くとまった感ある封筒が用いられる。上級貴族ともなれば専門の職人にオリジナルデザインの封筒を高級紙で作らせているとも聞く。

 見栄っ張り文化は色んなところで花開くのだ。


「またサリーマ様のお家から召還され──」


 ポトリ。

 封を切る前に、思わず手元から封書が零れ落ちた。取り落とした。

 閉じられた封を開けるべく引っくり返して見た封蝋に刻まれた印章。

 わたしはこの紋章を見たことがある。

 伯爵家の別邸で何度も、何度も。

 門に、扉に、壁に幾つも刻まれていたのだから。


「セトライト伯爵家、の、公式文書……?」


 いや、確かに伯爵家とのコネが欲しいなと思ったことは沢山あるけれど、今のところ叶わぬ夢で終わっていたのに。

 これはいったい、どういう理由で?

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