5-06

 教会の職員再登場によって、測定室の一幕はありがたくも中断を見た。

 ならば少年少女の集いは解散、既に測定を終えた彼らは帰宅の途につき、用件のあるわたしだけが残される。それが自然な流れなはずだ。

 しかし、


「どうして居残ってるのですかな、あなた達は?」


 部屋の一角に陣取り、わたしを観察している視線に問いを投げる。計測結果の是非について話し合っている大人たちに、ではない。

 ミギーヒダリーと不快な仲間達に、である。


「いやいや、6属性持ちの可能性だなんて純粋に興味深いだろ、君?」


 帰らないのか、むしろミギーは帰りたがってたんだから早く帰ればよろしかろうとの視線に笑って切り返すヒダリー。本人はキザで素敵に振る舞ったつもりかもしれない、他人から見れば剛毅で不敵な笑顔が厳しいけれど。


「それに君は我々の測定結果を見知っている、こちらだけ知らないのは不公平と言うものさ。違うかい、君?」

「まあ知られて困るものではありませんが」


 一応筋の通った回答に矛を収めておく。

 本音はなんとなく分かる。わたしの6属性所有なんて測定結果は何かの間違いだと考えているのだろう。わたしだってそう思う。

 何しろ必然性が無い。


『ヒロインが魔術の属性全部持ってるのはゲーム的な措置、プレイヤーに全能感を与えて自尊心をくすぐるのと、気に入った属性を使いなさいって配慮だろうしな』

『そんな夢のない分析して楽しいの兄上ェ』


 というのが転生前、兄が読み解いたヒロインの能力評価。ステータスをオール18に出来るのと同じ理由、プレイヤーキャラクターは特別であるとの当たり前な忖度の結果なのだ。

 元が友人キャラ、後に没キャラのアルリーにそこまで能力を盛る必要性は何もないはずである。現にわたしの代わりに採用された友人キャラはゲーム全編を通した踏み台キャラで何も良いところ無かったし。

 かなしみ。


「見ても楽しいものでは無いと思いますけどね」


 ヒダリーの最もらしい動機に是を与え、口を閉ざす。

 喧嘩を売られたわけでも、誰かの名誉や生命が脅かされているわけでない現状、伯爵家令息の不興を買ってまでやり込めたいわけではない。

 むしろ正直に言えば、セトライト伯爵家とは何らかの繋がり、コネを作りたい気持ちはある。ヒダリーがランディを痛めつけたバカボンの近侍であっても。ギリィ。


(下級貴族の最高峰、上級貴族の令息令嬢と接触する予定のある身からすれば垂涎と言わざるを得ないのだもの)


 ペインテル家とリブリラン家、それぞれ手紙攻勢と竹刀外交を遠因として子爵家とのコネは作れている。ありがたいことに良好な友人関係をも築けていると胸を張って誇ってもいいだろう。

 しかしそれ以上が難しい。

 派閥の関係を考慮すればわたしが仲良くすべきはウチの男爵家を含めた南方の辺境貴族を取り仕切るセトライト家以外は選び辛い。むしろ他の伯爵家と仲良くするのは要らぬ誤解、セトライト家から「お? 鞍替えかな、お?」と見られかねない危険が伴う。


(子供同士のあれこれに深読みしすぎかもしれないけど)


 それに遠方の伯爵家よりも間近な手の届く距離の方が働きかけ易い。

 かくして伯爵家令息なヒダリーとは関係改善、とまではいかなくとも何らかの前向きな損得関係を作れればとも思うのだけど。

 無理目かなと諦めが入ってる側面も否定できない。これはわたしの抱えた怨恨の問題だけでなく


(うーむ、構図だけで言えば意地悪グループとの対立になっちゃってるからなァ)


 現状の関係性を見ればそんな感じに評さざるを得ない、

 リーダーのバカ息子と対立したわたしを取り巻きが突っつきに来る、難癖をつける、口撃を浴びせて嘲笑う、嫌がらせを仕掛けて被害を出すなどなど。

 ミギーの申し立てた言い掛かり、因縁の吹っかけなんて取り巻きがやりがちで分かり易い典型だろう。


 しかし、である。

 わたしが直接対立したのは令息、後に突っかかってきたのも男、諍いを仲裁し割って入ったのも男。

 なんでや。

 乙女ゲームで対立するなら悪役令嬢とその取り巻きだろうに。現にロミロマ2でもマリエットと『大公ルート』のライバルヒロインはそんな感じになる。


(普通こういうのは同性同士が息巻いてぶつかり合うものでは……?)


 少女漫画テイストなら間違いなくそうなるはずなのに、何故かムサ苦しい対立劇をかましている。

 ヒロインの華やかなドラマに対し、これなんか違うと嘆いても許されると思う。唯一それっぽいのは相手方の毒一点少女だけど、仲間すら扱いに手を焼いているっていうのはあれかな、バーサーカーとか味方殺しとかかな。

 多分乙女ゲームには出てこない属性だ。


「やあやあこれは興味深い、というか数値が正しければ6属性持ちなのは確実じゃないかしら? うーんトレヴィアン!」


 わたしの心中などまるで意に介さず、ひとり悦に浸っているのはドクター・レイン。おそらく将来『学園編』で教鞭をとる教師キャラ。

 先程フロアで会った時と異なり、シスター服から白衣に着替えて眼鏡をかけていた。教会に勤める教師キャラ、察するに教職と聖職と兼任しているのだろうか。


「シスターじゃなかったんですね」

「ええ、ウィ。今はこっちの気分でございましたから念を入れましたの、ミレディ」


 元より敬虔な宗教家には見えなかったけれど、気分で着替えたのか、あれはコスプレだったのかと問いたくなる。宗教施設でコスプレとか、宗教観の緩い現代日本にも罰当たりとの感覚は存在するのだけど。


「そんなことよりミレディ、こちらの属性水晶をフルフラッシュさせたのは本当でございますか?」

「一応そんな風には見えましたけど、専門家以上に分かることは無いです、はい」

「うーんエヴィアン! 記録上は確認していましたが、こうして本物を見るのはワタクミーも初めてでございますよ!」


 わたしを見て頷き、計器類を見て頷き、伸び上がり、水晶に触れて魔力の残滓を確認して大きく頷いたドクターは、自身を呼びつけた職員に向かって断定の言葉を発する。


「貴方の報告は正しいですわ、水晶の魔力計に異常はありませんことよ」

「つ、つまり、ドクター?」

「ええ、貴方の計測したミレディ、アルリー・チュートル嬢は6属性全ての才能を有しているのは間違いありません、セシボォン!」


 なんだと、ここに来て初めて転生者に相応しい特典が付与されるというのか。

 ステータス画面や努力すれば報われる立場も優遇といえば優遇だけど、もっと分かり易く他を冠絶した圧倒的才能を貰えるというのか、マジで?

 はたしてどういった理由で?

 運命に抗うべく努力し続けた報酬なのか、それともステータスが現段階で鍛えられるオール12を達成したご褒美なのか、それともそれとも


「しかし興味深い、これは稀に見るケースでございましょう」

「そ、そうですよね!? だから僕も確信が持てなかったのです」


 ドクターの調子に引っ張られたように顔を紅潮させ、技術者らしい興奮に包まれた職員さんも激しく頷き続ける。


「過去に存在した魔術の全属性所持者は例外なく超一流の魔術行使者、或いは超一流に手の届く才能を秘めた人々でしたのに」

「ええ、ええ」

「ミレディの魔術資質は、王国史上で確認された最高峰のチグハグな才能と言えるでしょう」

「ですよね、だから僕も確信を持てませんでした。こんな、こんな凸凹データ見たことありませんよ!」


 ……………………なん、だと?

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