クルちゃんと惑星ジェルダ Fractal.8

 夕陽が温かみにす草原で、ウチらは〈宇宙航行艇コスモクルーザー〉へ乗り込む手筈てはずを調えた。

 見送りに惑星ジェルダの動物達がつどう。

『ウホ……』

 代表するかのようにロッポちゃんが進み出た。

「ロッポちゃん、もうすぐバイバイや」

『ウホゥ……』

 シュンとせぇへんといて?

 ウチ、後ろ髪引かれてまうわ……。

 せやから、無理矢理明るい笑顔をつくろった。

「もうイジメっ子はおらへんから、みんな仲良ぅせなアカンよ?」

 足下ではポヨコちゃんが嬉しそうに跳ねとる。

 それ見たら、此処来たんも無駄やなかった思えるねん。

「ウホ」

「うん? リボン? 返さへんでええよ?」

「ウホ?」

「ロッポちゃんかて〝女の子〟なんやもん ♪  少しはオシャレした方がええ★」

「……ウホ」

 少し含羞はにかんどった。

 せやよ?

 人間とか〈アリログ〉とか関係あらへんねん。

 女の子は、みんな同じやねん。

「嗚呼、もう御帰りですのね……」別れの名残惜しさにラムスちゃんがなげいた。「……モモカ様」

 名残惜しさ、ウチ限定やった……。

 早ぅ帰りたなったよ?

「ラムス、今回は助力をしてくれて礼を言う」

 相変わらず無抑揚なクルちゃんの謝辞に、ラムスちゃんはしばらく素のままで見つめとった。

 ほんでもって、髪をいて皮肉めいた閑雅かんがを飾る。

「別に礼を言われる筋はありませんわ。わたくしは、無礼な来客を追い返しただけですし」

 せやねん。

 あの後、ニョロちゃんは撤退したねん。

 特に攻撃も抵抗も示さへんまま。

 まるでラムスちゃん達〈惑星ジェルダの生命いのち〉に気圧けおされるかのように……。

 そのまま〈ネクラナミコン〉は、ラムスちゃんからクルちゃんへと譲渡された。

 どうやら勝ったねんな?

 正直、ウチにはが勝敗か分からへんけども……。

「それを引き寄せたのは、おそらく我々との間に確立した因果率。申し訳なく思っている」

「あら? 貴女あなたかかわって、面倒事じゃなかった試しはありませんけれど?」

「そうか……自覚は無かった。ごめんなさい」

「で・す・か・ら! 謝らないで下さいます? まったく、調子が狂いますわよ……ブツブツ」

 何や小声でクチビルとがらせとる。

「ともかく! 貴女あなたに、そんな殊勝なキャラは似合いませんわ! いつも通り、他人の迷惑そっちのけで構えていなさい」

「ふむ? では、私が来たくなったら来訪もいいという事?」

「……何故、いまさら他人行儀たにんぎょうぎですの。別に、いいに決まってますわよ。どれだけ永い付き合いだと思っていますの?」

「またトラブルを持ち込む可能性はいなめない」

如何いかなる難儀なんぎであろうとも、わたくしがクリア出来なかった試しがありまして? わたくしを誰だと思っていますの?」

「ふむ? 抜け目が無く、したたかで、場合によっては狡猾こうかつにも映る辛辣しんらつキャラの〈ブロブベガ〉」

「……別れのきわに、とんでもない毒を吐きましたわね」

「ふむ?」

 苦虫顔へクルコクン。

 せやけど、仲ええねんな?

 ラムスちゃん、毒舌どくぜつやけど。

 たぶん素直やないねん。

 自分を表すの下手やねん。

 そしたら、リンちゃんと似てはるのかもしれへん。

 物腰は正反対やけど。

「あー、これでオサラバと思ったらせいせいしたわ! とっとと帰るわよ! モモ! クル!」

「別に貴女あなたは、どうでもいいですわよ。モブ女」

「あんだと! この変態メイド!」

「ゴーホーム! ハウス!」

「人様を犬扱いしてんじゃないわよ! それ、この上なく失礼だかんね!」

 リンちゃん?

 以前、ドクロイガーはんにしてなかった?

 リンちゃんはしかめっツラでラムスちゃんをにらみ据え、ラムスちゃんは涼しい顔でプイッや。

 そんな気まずい空気が支配する最中さなか……。

「……パモカ出しなさいよ」

「はい? どうしてわたくしが、パモカを差し出さなければなりませんの?」

「いいから出せッつーの! アタシのパーソナルIDアイディー、入れてやるって言ってんのよ!」

「は? 通信関係になる……と? 貴女あなたと?」

「か……かかか勘違いすんじゃないわよ! アンタとは、まだ白黒ついてないんだかんね! その延長戦のためなんだから!」

 ラムスちゃん、キョトンしはった。

 ほんでもって──「クス」──軽く笑いはったんや。


 三機の〈宇宙航行艇コスモクルーザー〉が帰還に浮上する。

 垂直離陸の風圧が緑の海原を吹き撫でた。

 見上げる動物達……そして、ラムスちゃん。

「ウホホーーーーッ!」

 ロッポちゃんが別れを雄叫おたけんだ!

 そして──ドドドドドドドド──眼下から響く重低音!

 ドラミングや!

 出航の景気付けに六本腕のドラミングを披露してくれた。

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……ッ!

 ロッポちゃんに続けとばかりに〈アリログ〉達が一斉に叩き始める。

 動物達が咆哮をかなで、ポヨコちゃん達は精一杯ピョンコピョンコ。

 大合唱や。

 見送りの大合唱や。

 そんなん見てたら、ウチはじんわり思うた──来てよかった。

 友達、仰山ぎょうさんできた★




 惑星ジェルダが小さなってく。

『あ、そだ!』

「どないしたん? リンちゃん?」

『結局、今回は惑星ジェルダの〈ネクラナミコン〉をゲットしてないじゃん! ドク郎のは強奪したけど!』

 ……いま〝強奪〟言いはった。

『天条リン、心配無用。今回の〈ネクラナミコン〉は、すでに私が回収してある』

『は? いつよ?』

『アナタ達が降下して来る直前』

『だったら先に言えッつーの! ったく!』

『ふむ?』

『……〝何を怒ってるの?〟みたいにクルコクンすんな』

「そんなすぐに見つかったん?」

『今回は降下事前に大凡おおよその見当は付けていた。よって降下後は、すぐに発見する事が可能だった』

「どのぐらい掛かったん?」

『一〇分弱』

 早ッ!

『だったら、アタシらが降下する必要なかったじゃん!』

『天条リン。私は最初から、そう言っていた』

『……う!』

 せやねぇ?

 後追いしよう言うたんは、リンちゃんやったねぇ?

「あんな? クルちゃん?」

『何? さきモモカ?』

「もしかしたら、今回は〈ネクラナミコン〉以外の目的があったんちゃう?」

『…………』

「せやから、自由に行動できるよう単独降下を言うたんちゃう?」

『私にも分からない。けれど……』クルちゃんは、柔らかな眼差まなざしで惑星ジェルダへと振り向いた。『……そうかもしれない』

『何よ? その別目的って?』

『……ただ、会いたかったのかもしれない』

『…………』

「えへへ ♪ 」

『ったく、そうならそうと言いなさいよね! 最初から言ってりゃ、一緒に付き合ったッつーの!』

『アナタ達とラムスは面識も交流も無い。私の個人的一存いちぞんに付き合わせるのは迷惑になる』

『なるかッつーの!』

『天条リン?』

『アンタねぇ! いっつも無関心・無感情・無抑揚で、我道邁進唯我独尊だけど──』

 リンちゃん、それエラくディスっとるよ?

 ラムスちゃん越えしとるよ?

『──少しは〝自分〟を見せなさいよね。友達・・なんだから』

『……天条リン』

 えへへ ♪

 やっぱリンちゃん優しい ♪

 せやからウチ、リンちゃん大好きやねん★

『では、その言葉に甘えて……ひとつ提示しておかなければならない事がある』

『は? 何だッつーのよ? 早速?』

『惑星ジェルダに引き返したい』

『はぁ? いきなり何言い出した?』

『忘れ物をした』

『忘れ物って……〈ネクラナミコン〉は回収したじゃん?』

「せやねぇ? 他に忘れ物あった?」

『…………』「…………」

『エルダニャーーッ!』「ハッちゃーーん!」

 慌ててユーターンや!

 ドエラいモン置いてきた!



「見るがいい! 惑星ジェルダの者共よ! われ、極めりし!」

「いえ、猛々しく〈ロービックキューブ〉をかざして何を息巻いてますの……ひとの集落で」

「フッ……嫉妬か? クイーン・ジェルダよ? 同じ〈女王クイーン〉として、格の違いを思い知ったようじゃな?」

「な・ん・で・そうなりますの!」

「フッフッフッ……驚嘆きょうたんも無理からぬ。二〇秒じゃ! ついに全面揃えるのを、三〇秒切ったのじゃ!」

「……なるほど〝ただのバカ〟ですわね」

「だが、クイーン・ジェルダよ? われうつわが違う! 直々に御主おぬしへ指南してやろうぞ! なぁに、礼などらぬぞ? 同じ〈女王クイーン〉としてのよしみじゃ」

「……さっさと帰って頂けます?」





 今回の探査報告をニュートリノ通信にて受けたマリー・ハウゼンは、早々にデータを更新……更新……あれ? 静かだ?

 恒例のキーパンチ音もかなでられていない。


 ………………。


 失礼しま~す。


 室内昭明が暗いせいで、何処となくムーディーなシックさもあり……。

 ああ、そうでもないや。

 部屋は雑多な生活臭に散らかっていた。

 散らかり具合、相当なものだわ。

 ソファには畳まれないままの洗濯物が常駐放置で崩れ、その前に在るリビングテーブルには開封されたスナック菓子が散らばり湿気っている。

 銀暦ぎんれきの才女、実は〝片付けられない女〟でしたか……。

 デスクトップに据えられた愛用のパソコンはスリープに沈黙。その周辺には乱雑に詰まれた資料と、飲み掛けのブラックコーヒー。

 あ、走り書きのメモがある。

 えっと……何々?


『探さないで下さい』


 …………。


 ……………………。


 エ……エラいこっちゃアアアァァァァァーーーーーーッ!

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