クルちゃんと惑星ジェルダ Fractal.5

 私──クルロリは、彼女と共に草原へと腰を下ろした。

 小高い丘陵きゅうりょうだ。

 とはいえ、此処まで緩やかな勾配が続いていたので、そこそこ標高は高い。

 眼下には森の深緑が息吹き、見渡すに山々が青の清涼に霞む。

 二人して、その景色に意識を流した。

 風がそよぐ。

 草は泳ぐ。

「正直、驚きましたわね。まさか、このような再会になるとは」

「そうでもない」私は必然を生じるプロセスを示す。「少なくとも、私とアナタは〝地球人類種子〟と寿命が違う。太陽系銀河に於ける活動範囲を局地的に限定した場合、その尺度如何いかんでは再会する確率は高くなる」

「……相変わらず理屈臭いですわね」

 少々辟易へきえきとした様子だった。

 何故かは特定できない。

 ブロブベガの〝ラムス〟──彼女とは旧知の間柄となる。

 再会は久しぶり。

「それで? 今回は、どのような面倒事を追っていますの?」

「ラムス、私が特異状況に在ると何故断定できた?」

貴女あなたかかわって、面倒事ではなかった試しなどありませんわよ」

「ふむ?」

「……思いっきり理解不能な顔でクルコクンをしないで頂けます?」

 苦虫顔で詰め寄られた。

 そうか。

 また私は〈クルコクン〉と呼ばれる仕草をしていたのか。

 自覚は無い。

「コレを捜索収集している」

 簡潔に納得をうながす手段として、私は〈ネクラナミコンの欠片〉を提示した。

「石板?」

「コレは〈ネクラナミコンの欠片〉……現在は次元宇宙に散在してしまっている」

「ネクラナ……? 何ですの? その思いっきりパチモノみたいな名前のコレは?」

「アカシックレコード」

「ふぅん?」彼女は意味深に微笑びしょうを含んだ。「いつから・・・・〈嘘〉をつけるようになりましたの?」

 少し驚いた。

 どうやら易々やすやすと看破されたようだ。

「ラムス、質問がある。どうして〈嘘〉だと断定できた?」

「あら? やはり〈嘘〉でしたの?」

「ふむ?」

鎌掛け・・・ですわよ。貴女あなたが、そうそう秘事を露呈するはずがありませんから」

「ふむ?」

 さすがにラムスだ。

 既知の古さも推測材料にあっただろうが、それ以前に彼女自身が推理能力に長けている。

「で、何ですの?」

「いまは伏せておく」

「そうですか」

 意外とあっさり引き下がった。

「追求はしない?」

「いまさらですわよ」

 どういう意味だろう?

 私には汲み取れない。

「それで? あの子・・・達は、何ですの?」

さきモモカと、天条リン──彼女達と保護者マリー・ハウゼンには〈ネクラナミコン〉の捜索収集の協力体制を依頼した」

「……それだけですの?」

「そう」

「本当に?」

「そう」

「……本当に・・・?」

 ジィと私の瞳を見据えるラムス。

 もしかして、コレが〝値踏み〟というヤツだろうか?

 しかしながら、この項目に関しては、私も〈嘘〉はついていない。

 マリー・ハウゼンとは〝ネクラナミコンを目的とした協力体制〟であり、さきモモカと天条リンとは〝現地捜索を目的としたチームメイト〟だ。

 それ以上で以下でもない。

 ……何故だろう?

 彼女達を想起そうきすると、少し精神状態が揺らぎを見せる。

 イヤな感覚ではない。

 旧暦時代にも体験した〝あたたかさ〟だ。

 この〝ラムス〟と共に……。

 ふむ?

「では、最後の・・・は何ですの?」

「最後の?」

「あの〈蜂女〉ですわ」

「アレはバカ」

「……シンプルながらも辛辣しんらつな猛毒を吐きましたわね」

 そうなのだろうか?

 私は真実を告げただけ。

 誹謗ひぼう中傷ちゅうしょうの自覚は無い。

「では、この惑星ジェルダには、それ・・の捜索へ?」

「主目的は、そう。副次的目的は、違う」

「副次的目的? 何ですの? それは?」

「それは──」

 くちにしようとした瞬間、明後日の方角で大爆発が生じた。

 森の一角だ。

 そして、濛々もうもうと煙が上がる。

 微かに流れて来るのは、けたたましい喧騒。

 大方、予測通り。

「アレは……〈アリログ〉の集落が在る方角?」

 ラムスが焦燥に腰を浮かせた。

 彼女が言う〈アリログ〉とは、この惑星に原生する六本腕のゴリラ──つまりさきモモカが〝ロッポちゃん〟と呼んでいる種族の事だ。

「いったい何事が?」

 何事でも無い。

 予測確率九十六%で、確定している。

 程無くして、巨大少女が樹海の波間から飛翔した。

 滞空に眼下を見据えて叫ぶ。

「こンの! モモを返しなさいよ!」

 やはり。

 天条リンだ。

 いや、訂正しておこう。

 あの形態は〈Gフォルム〉に巨大化しているから〈Gリン〉と呼ぶべきだ。

 そして、この展開になったという事は、おのずと原因・・も判明する。

 一応、釘を刺しておいたが、それも無駄であったようだ。

 かと言って、特に悲嘆も動揺も無い。

 予測通り・・・・なのだから。

 望む望まないにかかわらず。

「なッ? 何ですの? アレ・・は!」

 ラムスにしては珍しく、思いっきり驚愕していた。

 ああ、そうか。

 それ・・が、普通・・の反応か。

 彼女は初見だった。

「何故、あのモブ女・・・が巨大化していますの!」

「そういう特性だから」

「ファジーな説明で片付けないで下さいますッ?」

 ふむ?

 私は無駄を省いて要点だけを押さえたつもりだったが、どうやら彼女の要求にはそぐわなかったようだ。

 とりあえず現状にいて、それ・・はいい。

 それよりも気になるのは〝と事を構えているか〟だ。

 そう、一般的に最重要視される〝が原因で、こうなった・・・・・か〟という要因すら、あの二人・・・・には無意味だ。

 何故なら、が要因であろうと、あの二人・・・・ならこうなる・・・・

「ふむ?」と、私は気になった判断材料を一顧いっこ。「おかしい? さきモモカがいない?」

「え? モモカ様? モモカ様が、どうか致しまして?」

「通常なら、あの二人はワンセット。天条リンが巨大化したのならば、当然のようにさきモモカも巨大化してそばにいる」

「……いま、何とおっしゃいました?」

さきモモカも巨大化する」

「そちらではございませんわ!」

 では、どちらだろう?

「あの二人はワンセットで、当然のようにそばにいる……ですって?」

「原則として、そう」

「フ……フフフ……フフフフフフ……」

 

「ゆ……ゆゆゆ……」

 湯?

「許せませんわーーーーッ!」

 唐突に絶叫した。

 声量にはビックリしたが、言動自体に驚きはしない。

 極稀ごくまれに、彼女はこうなる。

「あのモブ女ごときが? わたくしのモモカ様と?」

 アナタのではない。

「誰に断って、そのような役得を得ていますの! あのモブ女!」

 別に役得ではないし、許可もらない。

 さきモモカは、基本的に誰に対してもフリーパスだ。

 何故なら『警戒心』という言葉が脳内欠落している。

「……行きますわよ、クルロリ様!」

 何処へ?

「こうなったら、わたくしが目にもの見せて差し上げますわ! あのモブ女! そして、完膚かんぷきまでに叩き込んであげますわ……わたくしこそが、モモカ様に相応ふさわしいと!」

 さきモモカと付き合うのに、品格が要求されるとは初めて知った。

 私が知る限り、彼女の前には〈人間〉も〈アリログ〉も〈ブロブ〉も〈ハーチェス・エルダナ・フォン・アルワスプ・ビースウォームⅣ世〉も並列なのだが?

 ふむ?

「ラムス、もう少し待ってほしい」

「何故ですの! この期は、ドサクサまぎれに、あのモブ女を失脚させて、ブラックホールのド真ん中へとほうむり去る絶好のチャンスですのよ!」

 いま、物騒な事を言った。

「そして、モモカ様にわたくしを売り込む好機! そうしたら、毎日毎日、溺愛できあいのままに抱き合えますわ! 誰の目も気にせずに、全宇宙公認のラブラブチュッチュッですわ!」

 いま、アブノーマルな性癖せいへき口走くちばしった。

「ラムス。気持ちは微塵みじんも分からないけど、もう少し待つ事を要求する」

「……いま、軽く毒を混ぜていませんでした?」

 混ぜていない。

 真実。

「もう少し待っていれば、何か起きますの? あのモブ女が爆死しますの?」

 何故、そこまで天条リンを敵視するのだろう?

 親近嫌悪というヤツであろうか?

「たぶん、もうひとつの構成要素・・・・・・・・・・が生じる。そして、いつも通り・・・・・の展開となる」

「もうひとつの構成要素?」

 彼女が怪訝けげんを浮かべた直後、雲間を抜けて鋼鉄の巨人が降下してきた。

『フハハハハハッ! 宇宙の帝王まで、あと100ポイント! ドクロイガー参上!』

 予想通り〈ドクロイガー〉が現れた。

 そして、何故かポイント制になっていた。

 彼が介入する展開は、かなりの高確率で予見出来た。

 ただしポイント制については、まったくの予想外。

「帰れ」

『ヌォォ? 取り付く島も無しにッ?』

 間髪入れずに、Gリンの冷蔑冷遇れいべつれいぐう

 この展開も予測通りだ。

「さて……」私はベルトバックル部からパモカを取り外し、指令をくちにした。「来て、ドフィオン」

 彼方中空にきらめきが一条。

 それは、すぐさま〈宇宙航行艇コスモクルーザー〉として飛来する。

「な……何ですの? この巨大なエイは?」

「私の愛機〈ドフィオン〉」

「愛機?」しばらく言葉を呑んで見入るラムス。「あの〈ドリル軽バン〉は、どうしましたの?」

「……ラムス」

「はい?」

コチラ・・・の読者が、アチラ・・・を読んでいるとは限らない。その辺りのTPOはわきまえてほしい」

「……貴女あなたでもメタツッコミとかしますのね」

 何故、苦虫顔を向けられるのだろう?

 まったく心当たりが無い。

 ふむ?

 と、後方から見知った顔が飛来した。

「おお! クル! 此処にったか!」

 ハーチェス・エルダナ・フォン・アルワスプ・ビースウォームⅣ世だ。

 いささか興奮気味にも見える。

「ハッちゃん、何?」

「クルコクンで〝ハッちゃん〟言うな」

 ふむ?

 おかしい?

 さきモモカに準じたのだが?

「そんな事より! そなたに伝えるべき事が出来たのじゃ!」

「状況が一転したのは、こちらでも視認した。いったい、何があった?」

「うむ、コレじゃ!」

 てのひらサイズのカラフル立方体を見せてきた。

 確か旧暦時代の立体パズル玩具〈ロービックキューブ〉というヤツだ。

「……ハーチェス・エルダナ・フォン・アルワスプ・ビースウォームⅣ世? コレが何?」

「うむ、自力じりきそろえられるようになった!」




「では、加勢に行って来る」

 私はラムスへと簡潔に告げ、愛機〈ドフィオン〉を発進させた。

 彼女のかたわらには、消沈したハーチェス・エルダナ・フォン・アルワスプ・ビースウォームⅣ世がガクリとひざをついていた。

 ぞんざいな無視に傷ついたようだ。

そろえたのじゃ~~! 自力じりきそろえたのじゃ~~~~!」

 聞こえない。

 地表から嘆き声が聞こえたけれど、聞こえない。

 カオスは、もういい。

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