ウチの銀暦事情 Fractal.8

「……う?」

「あ、気が付いたん?」

 ようやく意識が目覚めた銀髪少女の顔を、ウチはにぱっと覗き込む。

 医療用ベッドや。

 救出してから一時間強、ずっと意識失っててん。

 せやから、ウチとリンちゃんが交互に付き添ってたんよ。

 いつ目が覚めても、いいように。

「……誰?」

 感情薄い怪訝けげんたずねられたわ。

「あ、ウチ〝さきモモカ〟言います。よろしゅうね?」

 にぱっと笑顔で自己紹介したウチは、ベッド脇の椅子へと腰掛ける。

 半身を起こした銀髪ちゃんは、周囲を見渡して状況把握につとめとった。

「……此処は?」

「医療室やよ?」

「……何処の?」

「ウチらの大型宇宙船スペースシップ〈ツェレーク〉や」

「何故?」

「あんな? 銀髪ちゃん、気絶してたやん?」

「銀髪ちゃん?」

 何やら思案気に首を傾げたねぇ?

「誰?」

「何や? さっき自己紹介したやん? せやから、ウチは〝さきモモカ〟言うねんよ?」

「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」

 ジッと見つめる銀髪ちゃん。

 にへへと笑顔を返すウチ。

「ふむ?」

 また首を傾げたねぇ?

「過去の経験データをかんがみるに、その〝銀髪ちゃん〟というのは〝私〟の仮呼称と解釈していい?」

「せやよ? だってウチ、名前知らへんもん」

「ふむ?」

 また首を傾げたねぇ?

 ま、ええわ。

 それよりも優先したい事があんねん。

 ウチは、いそいそと持参した袋をあさった。

「銀髪ちゃん、マカロン好き? ウチな? 抹茶クリーム味が大好──」

「……〝クルロリ〟」

「──ふぇ?」

「私の名前」

「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」

 またジッとウチを見つめる銀髪ちゃん──いや〝クルロリちゃん〟やね?

 ウチもジッと見つめ返し、ややあって「にへへ ♪ 」と砕けた。

「せやったら〝クルちゃん〟や ♪ 」

「クルちゃん?」

 不思議そうにコクンと小首傾げた。

 あ、なんか可愛いねぇ?

 クルちゃんがコクンで〝クルコクン〟や ♪

「ほんでな? クルちゃん、何味が好き?」

「話の脈絡が成立しない」

「このマカロン、地球産でな? 中に老舗和菓子店の餅が入って──」

「友達感覚で脱線すなーーッ!」

「ぎゃん?」

 ハリセンが後頭部をはたき抜けたよ?

 ウチがガサゴソと袋をあさっている最中にスパーンと!

「目を覚ましたなら、さっさと連絡よこしなさいよ! このノーミソほわほわ娘!」

 リンちゃんや!

 いつの間にか来てたらしいわ。

 ウチ、お菓子選びに夢中なって、オートドアの開閉にも気付かへんかった。

「ぅぅ……痛いよ? リンちゃん?」

潤々うるうるして『痛いよ?』じゃないッつーの! だいたい敵か味方かも判らないのに、何で女子会感覚だッつーの!」

 リンちゃん、スパンスパンと仮想ヴァーチャルハリセンをもてあそんで睨んどるよ?

「ふぐぅ!」

「イタタタタタタッ?」

 ウチ、リンちゃんの腰にギュウって抱きついたわ 。

 なだめてみたわ。

「リンちゃん、イライラしたらアカンよ? ウチ、怒ったリンちゃんイヤや!」

「イタタタッ! モモ、痛いッつーの! 放せってば、この!」

「ふぐぅ~~!」

 もっとギュッとしたよ?

「イタタタタタッ! わかった! モモ、わかったから!」

「ホント? えへへ、そんならええわ ♪ 」

 にぱっとわろて解放したった ♪

「ゼェ……ハァ……こンの〈脳ミソマカロン娘〉が!」

 何か言うとるねぇ? 

「……ねえ? モモ?」

 深呼吸に落ち着いたリンちゃんは、おもむろにパモカを操作し始めた。

「何?」

 にっこりわろうウチ。

「……アンタさぁ?」

「うん」

「毎回毎回、ギリギリと締め付けるバカが何処にいんのよ!」

「ぎゃん!」

 いきなりハリセンで後頭部殴り抜かれたよ?

 ハリセンの質量上げたよ?

「ぅぅ……リンちゃん、痛いよ?」

「早々と天丼・・すんな! 無邪気に背骨折られたらレーティング指定やり直さなきゃならんわ!」

 そんなウチらのやりとりを眺めていたクルちゃんは、何やら意味不明なひとごとを零しとった。

「……既視感きしかん





「マリー・ハウゼン……と仲間たち、まずは救出に感謝する」

 クルちゃんは感情乏しい抑揚で切り出した。

 現在はウチのお気に入りスポット──つまり〈食堂〉におった ♪

 だって、お腹減ったんやもん。

 数台のドローンが調理に勤しみ、運ばれてくる料理がテーブルを賑やかす。

 ウチはそれを堪能しながら、クルちゃんへと返事した。

「ふぃふぃふぇんふぇふえーふぉ?」

「……何語か、それ」

 隣の席でサンドウィッチを摘むリンちゃんが、呆れた口調でウチにツッコんできはったわ。

「ふぁっふぇふぉふぁふぁふぇっふぁん」

「……だから、人語喋れ」

「ごくん! えへへ ♪  ウチ、チーズハンバーグセット大好物や ♪ 」

「ああ! もう! ケチャップ付いてるし!」

 にぱっと笑うウチの口元くちもとを、リンちゃんがナフキンで拭き拭きしてくれた ♪  えへへ ♪

「あ、せや! ねえ? クルちゃん?」ウチは気負わぬ笑顔で、クルちゃんに語り掛ける。「クルちゃんひとりで、あの宇宙航行艇コスモクルーザーと航行してん?」

「そう」

「母艦は?」

「無い」

「ふーん? クルちゃん、寂しないの?」

「慣れた」

「アカンよ? それ、慣れたらアカンよ? ひとりは寂しいよ? あ、せやったらや? 今日からウチが友達──」

 ──スパーーン!

「ぎゃん?」

 またハリセンが後頭部をはたき抜けたよ?

「ぅぅ……痛いよ? リンちゃん?」

潤々うるうるして『痛いよ?』じゃないッつーの!  この脳ミソノンセキリュティ娘! 警戒心皆無か!」

 ウチとリンちゃんをいて、唐突にクルちゃんが切り出す。

「……マリー・ハウゼン、この艦の説明はさきモモカから聞いた。その超性能を見込んで、折り入って頼みがある」

「はい? 私への頼み……ですか?」

 そう返しつつ、裏マリーはランチプレートへと大量の固形食材をジャラジャラ盛っとった。

 いや、シリアルとかやあらへん。

 明らかに薬剤カプセルの山盛りや。

 それを見たウチとリンちゃんは、思わず唖然とした。

「……マリー?」

「どうしたの? リンちゃん?」

「何? ソレ?」

「高圧縮栄養配合サプリメント──自家製よ?」

「いや、そういう事じゃなくて……」

 思えばマリーと食卓囲んだんは、今回が初めてやったわ。

 いつも私室で済ませとるし……。

 っていうか、こんなん食べてたん?

「バナナをベースとして、ヒジキやチーズ、シジミにトマトにケールにハチノコ……その他諸々の有用食材を約四〇種類配合したの。これなら一日辺りの必要栄養価を不備無く簡単に接種できる。効率的でしょう?」

「いや、そういう事でもなくて…………」

 味とか食感は考えへんの?

 それでええの? マリー?

「それで? 頼みというのは?」

 進めおったよッ?

 何事も無かったかのように再開しおったよッ?

「私と協力関係を結んでほしい」

「協力関係? 何のでしょう?」

「っと、その前に!」疑いもなく人の良さを返すマリーをさえぎって、毅然きぜんとした警戒心にい返すリンちゃん。「アンタ何者・・だッつーの? それに、あの宇宙航行艇コスモクルーザーよ? アタシ達の宇宙航行艇コスモクルーザーにそっくりじゃん!」

「それに関する情報開示許可は得ていない。現状では伏せておく」

「ざけんなッつーの! そんなんで信用できるか! 相手ひとに物を頼むなら、まず素性を明らかにするのが筋ってモンでしょ!」」

 クルちゃんは醒めた一瞥いちべつを向け、マリーへと関心を戻す。

「マリー・ハウゼン、私と共に〈ネクラナミコン〉を探しだしてほしい」

「こ……ンの! 無視すんな!」

「ネクラナミコン? 何ですか? それ?」

「そう言えば、ドクロさんも婚活宣誓してたねぇ? 『絶対に〈根暗な巫女さん〉を手に入れてみせる!』って……」

さきモモカ〝根暗な巫女〟ではない」

「だから、それって何だッつーの!」

コレ・・

 クルちゃんはテーブルの上にゴトンと石板を置いた。

 手帳程度の大きさやけど厚みはある。

 ほんでもってほのかに緑色やったけど、コレはコケやない。石の素材自体が緑掛かってんねん。

「何よ? ただの石じゃない」

「ただの石ではない。コレは、ある種の〈アカシックレコード〉とも呼ぶべき情報結晶体──その欠片」

「ふぇぇ? コレ〝明石焼あかしやき〟なん? どんな曲が集録されてん?」

さきモモカ、コレは〝明石焼あかしやきのレコード〟ではない」

 淡白に否定されたよ?

 と、突然、マリーが驚嘆の叫びにガタンと腰を浮かせた!

「〈アカシックレコード〉ですって!」

 何や?

 一転してテンション上がったねぇ?

「何よ? その〈アカシックレコード〉って?」

「タヌキさん?」

さきモモカ、それは〝信楽焼しがらきやき〟……」

 またクルちゃんが淡白に否定したよ?

 慣れた感じに流したよ?

 一方で興奮冷めやらぬマリーは、熱を帯びた口調くちょうで教示を始めおった。

「つまりね? この〈アカシックレコード〉っていうのは〝宇宙創造の真理とも言える膨大な情報を収録した記録物〟なの! それこそ旧暦時代から、まことしやかに実在がささやかれていた物なんだけど、実存証拠は皆無……。それでも多くの知識探求者が追い求めて止まなかった伝説のアイテムなのよ!」

「ふ~ん? コレが?」

 いぶかしげに石板を拾い眺めるリンちゃん。

「あ、旧暦伝説の芸人さん……」

さきモモカ、たぶんそれは〝明石家さ ● ま〟……」

 クルちゃん、よう知っとるねぇ?

 旧暦情報に詳しいねぇ?

「ともかく、この〈ネクラナミコン〉は〈フラクタルブレーン〉に散在してしまっている。それを狙うやからは多い」

「ドクロさんも?」

 ウチの質問にクルコク。

「先程遭遇した〈ドクロイガー〉も、そう」

「でも何だって、そんな血眼になってるんだッつーのよ? たかだか〈データベース〉っしょ?」

「もう、リンちゃんってば! コレは普通の〈データベース〉じゃないの! さっきも言ったけど〝宇宙創造の真理とも言える膨大な情報〟が記録されているんだから!」

 マリー、小脇絞めてプンプンや。

 ホッペタ膨らませてプンプンや。

 ……確か、二〇歳はたちやんね?

「だからさ? 仮にそうだとして・・・・・・、具体的にどう・・なのよ?」

「ああ、もう! 分からないかなぁ?」非共感に落胆したマリーは、分かり易い価値観に置き換えてくれはった。「例えるなら〝ニュートンとアインシュタインとホーキング博士とスティーブ・ジョブスが共同製作した限定版ゲームソフト〟みたいな物なの! それもサイン入り!」

「要るかッ!」

「ウチ欲しい!」

「黙ってろッつーの! この脳ミソファミコン娘!」

 リンちゃん、あんまりや……。

天条てんじょうリン、コレがよこしまな者の手に落ちたら大変な事になる」

「はぁ?」

「この〈ネクラナミコン〉を総て集めた者は〈神のごとちから〉を得ると言われている」

「いきなり飛躍したわねッ? ホーキング博士とかアインシュタインとかはドコ行ったワケッ?」

「せやったら、全次元宇宙に〝白玉抹茶毎日無料フェア〟も起こせるんッ?」

「可能」

「……黙ってろ、脳ミソ白玉娘」

 リンちゃん、あんまりや。

「そういうワケで……マリー・ハウゼン、協力を願いたい」

「はい、喜んで!」

 満面の笑顔に染まるマリーは、居酒屋みたいな元気に快諾した……って、うん?

 ウチとリンちゃんは顔を見合わせ──「「ちょっと待ってぇぇぇーーッ?」」──慌てて静止したわ!

「何を勝手に快諾してんのよ! そんな面倒事! だいたい、それって次空航行の長旅になるって事じゃない!」

「そやよ! それにクラゲは? クラゲは、どないすんの?」

「大丈夫だよぉ?」にへらっとほがらかに笑うマリー。「だって〈宇宙クラゲ〉も〈ネクラナミコン〉も両方探すから、長旅だって退屈しないよぉ?」

「「そういう事じゃなくてッ!」」

 ウチとリンちゃんの直訴じきそむなしく、二〇歳はたちの子供は退室した。ルンルン気分の笑顔で。

「やっぱり宇宙はワクワクでいっぱいだぁ ♪ 」

 オートドア閉じた。

 絶句に固まるウチとリンちゃん。

 ややあって、クルちゃんが席を立つ。

さきモモカ、天条てんじょうリン、今後ともヨロシク」

 退室した。

 オートドア閉じた。

 ウチとリンちゃんは、絶句に固まり続ける。

 そして──「「メガネ屋さんドコーーーーッ?」」──悲痛な叫びが、閑寂とした食堂に木霊したわ……。

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