第97話 パーティーの賑わいの外で。

 「こちらナイン。異常なし」

『こちらラブ。了解。カメラの方にも異常ありません』


 朝倉邸の庭。既に来場客は入場を終え、美味しい料理に舌鼓を打っていることろだろう。

 ここまで賑わいは届かない。冬の夜らしく静かだ。

 雪は降っていない、寒空の中、夜空が広く見えた。街の灯りで星は見えないけど。

 渋谷さんから提供された、一口サイズにカットされたカツサンドを口に放り込む。

 ……うめぇ。何このソース。どんな素材から作ったらこうなるんだ。甘みと香ばしさが肉の旨味を際立たせてる。衣の仄かにサクッとした食感が嬉しい。

 九重の九からナイン。結愛の愛からラブねぇ。

 警備とは抑止力。

 庭の真ん中俺は堂々と、見張ってますという雰囲気を出す。

 いつもは忍び込む側なのにな。でもだからこそ、侵入する時にして欲しくない、嫌な動き方ができる。


「変な気分だ」

『ですね。警備って暇ですね。サンドイッチとジュース用意してくれていなかったら飽きていますよ。よくこんなこと、毎日できますよね』

「おいこら」


 今欠伸しただろ。そんな音がしたぞ。


『先輩、寒くないですか?』

「問題無い。仮に俺がそっち担当してもこなせないから、配置に文句は無いよ」


 身体を動かすのが俺の仕事。その支援は結愛だ。

 頭は二人で。いつだって二人で考えて最善手を導き出してきた。


「ん?」

『どうかしましたか?』


 気配。耳を澄ませば、微かな、音。人がいる音。

 俺は敢えて声を張り上げる。


「侵入者だ。一人。俺が相手する」

『了解。至急至急。侵入者です。数、一。ナインが対応。至急、東側に』


 相手も俺に気づかれたということで出てきた。結愛が気づかなかったこと。そして、あの動き。監視カメラの位置を把握している。

 武器はナイフ。クルクルと手元で回してる。


「さぁ、始めようか」


 頭の中のスイッチを切り替える。……くっ。

 なんで、手が震えているんだ。

 なんで、足が前に出ないんだ。

 最速で最短で一撃を以て仕留める。相手に何もさせないことこそが最善なのに。


『先輩?』

「大丈夫だ」


 大丈夫だ。俺は、大丈夫だと笑って言えるように。俺はそういう人になれるように。


「しっ」


 鋭く息を吐き、あちらから向かってくる。俺を消せば目撃者はいなくなる。だから、的確に監視カメラの死角を駆け抜ける。

 迫る凶刃。ナイフ術の達人は。急所を狙わずとも、血管を撫でるように割いて、出血多量で殺すことも狙えるという。


「うわぁぁぁああああああ!」


 警棒を引き抜き応戦する。脳天を狙った一撃は避けられる。振り上げた足は下がって避けられる。

 馬鹿か。俺は。相手がカメラの死角に立ち続ける状況だから良かったものを。普通なら今の瞬間に足を切られてたぞ。


「はぁはぁ」 

『先輩、落ち着いてください。一旦避けに徹して応援を待ちましょう。今警備の人が向かっていますから。そうすれば相手も撤退するはずです』

「駄目だ。駄目だ!」

『先輩?』


 俺は、戦える。

 戦えるんだ。

 俺は。俺は!


「うおおおおおおぁぁあああああ!」


 ぷつんと、何かが切れた音がした。視界が紅く染まる。負けちゃいけない。戦え。倒すんだ。

 気がついたら、目の前に、ナイフの男が倒れていた。

 痛い。あちこちが痛い。

 仕事着じゃなかったら、死んでいたんだろうな。制服の素材と厚さのおかげでナイフの刃の通りが悪かったのだろう。


「……先輩」


 後ろから聞こえた声。無線越しじゃない。

 警備の人が、感謝やら労いの言葉をかけながら倒れた男を運んでいく。殺していなかった。良かった。


「はぁ、はぁ」


 息が整わない。

 頭にちらつくのは、さっきまで戦っていたナイフのきらめき。


「くそっ」

「史郎先輩、こっち、向いてください」

「……はぁ、なんだ、よ」


 振り向いた先、結愛の眼は、冷たい。


「なぜ指示に従わなかったのですか?」

「……逃がしちゃ、駄目だろ」

「先輩の状態、そして相手の練度を見ての判断です」

「でも、倒せただろ」


 真っ直ぐに結愛の手が伸びてきて、俺の胸倉を掴んで引き寄せた。


「結果は確かにその通りです。でも先輩、今の自分の状態を見てください。何ですか、その有様は」


 結愛の厳しい言葉。反論はできない。確かにそうだ。

 戦闘にもしもは無い。だが、考えなければならない。

 そこら辺の道で、制服か普段着で、今の奴と遭遇したら。

 負けていたのは、俺だ。


「……くっ」

「……先輩、話してください。相棒ですから、力に、ならせてください」


 俺は。さっきの俺は。

 がむしゃらに戦ったのは、誤魔化すため。技術も何もあったものじゃない。ただ、地の利と、持っている物の性能の差で押し切っただけ。


「怖かった」


 誤魔化したのは、恐怖心。目の前の男。そいつが構えるナイフ。

 その向こうにある、死を恐れた。


「負けたら死ぬ。そんなの、当たり前だったのに」


 今更、怖くなった。


「……悪い、結愛。俺、弱くなっちまった」

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