ハロウィン特別編。ver奏√after

 伸びをした。

 受験勉強。流石に疲れた。

 まだセンター試験まで三か月ほどあるが、やっておいて損は無い。

 一度学んだことでも、繰り返すと、新しい発見があったりして、それがきっかけで頭にしみ込んで、確かな知識になったりもするのだ。と教えてくれたのは奏だったな。それを志保に語って聞かせたのも懐かしい。

 俺の家で、放課後、二人で勉強会だ。ここ最近の毎日の習慣である。


「はい、コーヒー」

「サンキュっ」


 目の前に置かれたマグカップ。豆を挽く良い匂いがしていたから、少し期待していた。顔を上げると、奏は自分の分のマグカップを手で包むように持って目の前に座る。

 恋人の関係になっても、テーブルを挟んで向き合って座る方が、お互い落ち着くのだ。

 早速一口頂く。


「……うめぇ」

「ふふっ。良かった。張り切った甲斐があったよ」


 俺は、実はコーヒー派である。

 周りに紅茶好きが多いから紅茶を飲む機会が多いのだ。

 奏も紅茶寄りではあるが、こういう時に用意してくれるのはコーヒーで。

 インスタントにお湯を注ぐだけだったものが、豆を挽いた粉を買って来て、俺への誕生日プレゼントに、奏の両親が買ってくれたコーヒーメーカーに淹れてもらうに変わり、そして今日、ついに奏は豆を買ってきて自分で挽いた。


「しかし、どうしたんだ急に?」

「んー。ちょっとね。やってみたかったから」


 皿に並べられたチョコレートを口に放り込めば、コーヒーの苦みと見事にマッチしている。

 やってみたかったという感覚でこの味を出せるとは。恐るべしだ。奏。

 鼻を抜ける香りは程よく凝り固まった頭を弛緩させてくれ、苦みは少しぼんやりとしていた視界をクリアにしてくれる。


「史郎君は酸味が少ない方が好きだもんねー」

「よくわかっていらっしゃる」

「ふふっ。私を誰と心得る。だよ」


 それから、少しのコーヒーブレイク。

 程よく飲みやすい温度のコーヒーだから。すぐにマグカップもそこが見えた。


「そうだ。史郎君。トリックorトリート……じゃないや。トリック&トリート」

「……あぁ。ハロウィンか。それで、なぜ俺から選ぶ権利が……?」

「えっ、知らない? 私、結構欲張りだよ。お菓子も欲しいし、悪戯もしたいな。というわけで、お一つどうぞ」


 そう言いながら、奏は何故か飴玉を差し出してくる。


「あ、あぁ」


 口を開けると、ひょいと放り込まれ、舌の上に着地する。いちご味が広がる。


「それじゃ、早速」


 テーブルを回り込み、俺の隣の椅子に座ると、奏は顔をこちらに向けるように合図。


「なんだよ」

「動かないでね。えいっ」

「むぐっ」


 一つの飴を二人で舐める。

 そんなことが、可能だと、言うのか。いや今現在、奏の手……いや、舌でそれが実行されている。

 奏の顔が、至近距離にある。この状況には、いい加減に慣れはしたが。それでも……。


「史郎君も目を閉じてよ。こっちばっかり見られて恥ずかしい」


 一旦口を離してそんな不満をぶつけてくる。少しだけ赤くなった顔、可愛らしく唇を尖らせて、さらに不満をアピールしてくる。


「いや、こんなことしておいて、何が恥ずかしいんだよ」

「うるさいなぁ。えいっ」


 そうして、また、奏は俺の口の中にある飴を舐める。

 どんな発想だよ。

 口の中で奏の舌がゆっくりと動いて、飴玉を転がす。もどかしい。

 息が荒くなっていくのがわかる。奏もだ。

 飴は少しずつ小さくなっていく。頬の辺りが熱くなっていく。その温度は、どのくらい影響しているのだろう。


「はぁ。意外と疲れる……」


 そして、また俺達の間に距離が生まれて、奏は息を一つ吐いた。


「そりゃそうだ」

「と、平然とした風に言うが、顔が真っ赤で心臓がうるさい、史郎君であった」

「うっせ」


 少しだけ、ボーっとした。お互い、酸素が足りなくて頭が回らないのだ。

 残った飴は噛み砕いて飲み込む。これ以上されると馬鹿になりそうだ。飴と一緒に溶け出した知性と理性はどう回収したものか。


「どうしたのかな? 史郎君。そんな目で私を見て」


 濡れて艶めく唇は穏やかに弧を描き、試すような目が悪戯っぽく輝く。


「……まっ、ここまでだな。入って来いよ」


 リビングの扉に向けてそう声をかけると、ゆっくりと開いて行く。


「入って来いよって……気づいていたならさっさとそう言ってくれよ、史郎兄ちゃん」

「お兄さん、奏姉さんとのイチャイチャ、優先した」

「いや、入って来ねーのかなーって」

「入れるかー!」


 付き合い始めてから、奏は、抑えつつも少しずつ、俺の家の方で過ごす時間が伸びてきて、そうなれば自動的に、妹達もこっちで夕飯を食べるようになった。

 ある時、花音ちゃんが「自分たちのことはもう気にしなくて良い」と言ったが、そこは奏が頑固で、ちょっとだけ争った。そこに何故か参戦した志保の仲裁で話し合いがもたれ、この形に落ち着いたのだ。


「全くもう、イチャイチャするのは大いに結構だし、姉ちゃんが楽しそうなのは嬉しいし、兄ちゃんにも、姉ちゃんのことお願いしたし。理想的な感じになってるけど、この微妙な気分どうにかして!」


「無茶言うな」


 やいのやいの騒ぐ横で、奏は真っ赤にした顔を両手で覆っていた。

 流石に妹に見られるのは恥ずかしかったようである。

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