第110話 継承
マイギーン半島を舞台に繰り広げられる、激戦に次ぐ激戦。両国とも一進一退の攻防が続き、激化の一途を辿っていく。
戦乱は英雄を生む。この戦いにおいて、王国は多くの人材を輩出した。
不死身のジークヴァルド。双竜のブル・ベル兄弟。千人斬りのハーフェイ・ウィンドリン。三枚舌の軍師ラー・ゼーイン。爆炎のシロン。花騎士クディカ・イキシュ。名を挙げればキリがない。
それはボウダームも同様であり、度重なる侵略戦争で鍛え上げられた豪傑、知恵者たちが居並んでいた。
その中で際立って英名を馳せたのが、めざめの騎士アーシィ・イーサムである。
彼の戦いはもはや神の領域だと謳われた。ひとたび剣を振るえば、天を斬り裂き大地を砕く。槍を握れば山を貫き、弓を引けば星を射抜いたという。乙女の加護を一身に受け、その身は光り輝いていたと。
無論これは一種のプロパガンダである。士気の上昇を促し、灰の乙女は我が方にありと号するための神話。だが、一概に誇張だと言えないのがアーシィ・イーサムの凄まじいところだ。
彼を語る上で欠かすことのできない逸話がある。
開戦まもなく、ボウダームの兵はマイギーン半島に上陸し、数日でその半分まで前線を押し上げた。電光石化の進撃に王国軍は為す術もなかった。
数々の街や村が略奪の被害に遭う中、ボウダーム勢力圏内にありながら占領を免れた町が一つ。そこは、偶然にも灰の乙女が滞在していた宿場町だった。
町の人々が怯える中、アーシィ・イーサムは剣を手にし、ただ一人ボウダーム軍に立ち向かったのだ。彼は瞬く間に数百の敵を斬り伏せ、町に平穏をもたらした。翌日、ボウダーム軍は千の兵力で町を攻めた。アーシィ・イーサムは傷を負いながらもこれを撃退した。数日の後、今度は五千の軍勢が襲来したが、町を落とすこと能わず。その次も、次の次も、どれほどの戦力を投入しようと、ボウダーム軍は屍の山に変わるのみ。
アーシィ・イーサムはたった一人で、一か月もの間その宿場町を守り抜いたのだ。
死闘であった。何度も死にかけた。だが彼は一歩たりとも退かなかった。
何故か。それが彼の生きる意味であったからだ。乙女は決して戦いを望まなかったが、騎士の使命は乙女を守ること。命の賭ける理由など、それ以外に必要なかった。
一ヵ月に渡る孤軍奮闘は、宿場町の名を取りオーテルの戦いと呼ばれ、乙女と騎士の存在を世界に知らしめる発端となった。世に名高きアーシィ・イーサムの伝説は、ここから始まったのだ。
戦争が終結するまでのおよそ一年間。アーシィ・イーサムは王国軍と協力しながら戦い続けた。昼は最前線で剣を振るい、夜は奇襲を仕掛け、求められればどこでも駆けつけた。名のあるボウダームの将の内、半数は彼が討ち取ったとされている。間断なき戦いの果てに勝利を収めた時、彼は世界に名を轟かす天下無双の英傑となったのだ。
終戦の後、かつて栄華を誇ったボウダームは衰退の一途を辿ることになる。戦争賠償金の支払いに加え、乙女に弓引いた汚名は拭い難い。かつて多くの属国を従えたボウダームは、自らが大国の庇護下に入る選択を強いられた。
対してメック・アデケー王国は国家としての地位を高め、その影響力は全世界に波及し始める。
以後、王国には束の間の平穏が訪れた。乙女は灰の巡礼を再開し、アーシィ・イーサムは陰の如く付き従う。国内の巡礼はつつがなく終わり、乙女と騎士はやがて北へと歩を進めた。巡礼の対象は、魔族領へと移ったのだ。
その後、二人の身に何が起こったのかは定かではない。
傷付いた姿で王国へ帰還した乙女は、ただ一つ騎士の死だけを明言し、それ以降は口を閉ざし何も語ろうとしなかった。アーシィ・イーサムの訃報は国中に広まり、国民は嘆き、悼み、そして恐怖した。
カイン三世は乙女を保護し、巡礼の中止を上奏する。騎士を失った乙女に旅を続ける力はない。乙女はそれを受け入れざるを得なかった。
この時より、人間と魔族の関係は急速に悪化する。互いに不干渉を貫いていた双方が、徐々に敵対意識を持ち始めたのである。ついには魔王の出現が引き金となり、今日まで続く人間と魔族の全面戦争に至ったのだ。
かくして、めざめの騎士アーシィ・イーサムの伝説は幕を閉じた。
ここから先は、彼の後を継ぐ異界の勇者の物語だ。
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