第94話 デルニエール攻防戦 魔王軍サイド③ 上
ジークヴァルドを斬り捨てようとしたルークの大剣は、すんでのところでその軌道を変える。横合いから飛来した一本の槍を切り払うためであった。
ルークに生まれた一瞬の隙。歴戦の老将軍は、その好機を見逃さない。
「えぇいッ!」
即座に馬を操り、後ろ足で立ち上がらせる。いわゆるクールベット。立ち上がった鎧馬は両の前脚でガンドロフの頭部を叩き大きくよろめかせた。
「ほう」
武器を失ったジークヴァルドに出せる最大威力。的確な判断による起死回生の反撃に、ルークは感嘆を漏らす。馬を翻し去っていくジークヴァルドを追わないのは、投槍を放った者への警戒だけでなく、磨かれた馬術に贈る称賛の意味もあった。
そしてやっと、ルークは槍が飛来した方角を見やる。
広大な平原の遥か奥に現れた、数千の軍勢。
砂煙を上げて進軍してきた軽騎兵達は、その勢いのまま戦場へと突入してきた。彼らはデルニエールの城壁へ向かって進路を取り、未だ続く眷属との戦いに加勢する。
ただ一騎。葦毛の馬を駆る蒼い鎧の騎士が、ルークのもとへ猛進していた。
「我こそはメック・アデケー王国七将軍が一騎! 能器将軍ハーフェイ・ウィンドリン!」
雄々しき名乗りは、戦場の喊声を抜けてルークへと突き刺さった。
「悪しき魔族の将よ! 乙女に代わり、その首もらい受ける!」
一騎討ちの誘いを受け、ルークは剣を握り締める。
「七将軍」
王国が誇る騎士の最高峰。七将軍の武勇は広く世に轟いている。ルークとてその称号に些かならず興味を抱いていた。
人間最強を称する七将軍らが、一体どれほど強いのかと。開戦から幾ばくか。ついに見えることができた。
兜から覗く金の隻眼が、期待を湛えて細くなる。
「力量を見せてもらおう」
またとない機会。もはや場数を踏んだだけの老将軍など問題ではない。
ガンドルフが大地を蹴った。飛翔のごとき疾駆は、瞬く間にハーフェイとの距離を消滅させる。
「ゆくぞ四神将!」
ルークの大剣と、ハーフェイのバルディッシュが、互いの威勢と共に重なった。
たった一合。
二人の激突は凄まじい衝撃を生み、しかし互いに一歩も退かず、故に余波となって周囲に拡散した。ルークが秘める膨大な魔力と、ハーフェイが纏う強化魔法の輝き。それは戦場全体に波及し、眷属や兵士達をひとたび煽った。
「ふ」
漏れる笑声。
「何を笑う! 俗物め!」
ハーフェイがさらに力をこめると、ルークもそれに応じて押し返す。拮抗も一瞬、両者は馬ごと後方に跳躍し、改めて対峙する形となった。
「これは愉快」
喜びを堪えるように呟く。
強者との邂逅は、彼が常に求めてやまぬ糧のようなものだ。ルークにとっては死闘こそが生きる意味であり、生の本質であった。
「遠慮は無用か」
大剣を一振り。ルークはその身に仄かな煌めきを纏う。漆黒の鎧を薄く包み込むのは、彼自身が持つ魔力の顕れだった。
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