第72話 女子会①

 中庭の一角。邸宅の傍らに設けられたガゼボでは、女性三人による優雅なティータイムが始まっていた。

 朝食後のお茶会はメック・アデケー王国における古くからの慣習であり、主に女性が参加するのが一般的だ。


 クディカ、リーティアと共に丸テーブルを囲んだヘイスは、この状況に肩を竦めていた。

 片や王国軍の頂点である七将軍の一人。片や灰の修道院出身の宮廷政務官。

 それに比べヘイスは、軍の一兵卒に過ぎない。父は準男爵の爵位を持っているが、領地も持たぬ一代限りの法衣貴族である。

 さらに言えば、目の前の二人は社会的身分だけでなく女性としても大いに魅力的だ。タイプは違えど、二人してとんでもない美人であることは間違いない。また、クディカとリーティアは十九歳。ヘイスは十二歳である。同じ成人といっても、心身の成熟度合いに大きな差を感じていた。

 同じ席についてよいのだろうか。召使として給仕をした方がいいのではないか。嫉妬や羨望とは違う。単純な身分と魅力の差に、場違いな感が否めなかった。


「はい、どうぞ」


 そんなことを思うヘイスの前に、リーティアが紅茶を注いでくれる。


「あ、ありがとうございます」


 声が上擦る。

 今まではいつもカイトが一緒だった為、こうして女性陣でテーブルを囲むのは初めてのことだ。緊張もやむなしである。


「やっているな、カイトのやつ。デュールには厳しく教えるよう言っておいたが、さて……どこまで耐えられるものか」


 庭の中央で立ち合う男二人を遠目に眺めながら、クディカが笑みを漏らした。


「心配しなくとも音を上げたりしませんよ。カイトさんの一念はもう定まっています。強い目的観を持ち、使命に燃えている。灰の神殿で何があったのかはわかりませんが、乙女に見えたことで確かな変化がありました」


「ふむ。それなんだがリーティア。一つ気になることがあってな」


「なんでしょう?」


 注がれた紅茶を一口。クディカは喉を潤す。


「乙女はなぜカイトをお選びになったのか。ハーフェイの奴も言っていたが、魔王を倒すなら即戦力になる者の方が都合がよかったのではないか?」


 ここで言う即戦力とは、魔王を討つ力のことを指している。多少魔族と戦える程度では、今の切迫した状況を打開する即戦力とは言い難い。

 口には出さなかったが、実はヘイスも同じ疑問を抱いていた。カイトに対する不信はこれっぽちもないが、乙女については知られていないことが多すぎて懐疑的にならざるを得ない。


「カイトさんは魔力を持たず、かの眷属に認識されません。魔王を打倒するにはぴったりの人選だと思いませんか?」


「どうかな。魔王の軍勢を凌駕する戦士であれば、そのような小細工を弄せずともよいだろう」


 カップに口をつけないヘイスに、リーティアが目線で促した。ヘイスはおずおずと紅茶を口にする。おいしい。

 リーティアは紅茶を香りをよく嗜んでから、唇を濡らす。


「私共のような凡夫に、神たる乙女の御意思は測り知れません。我々には及びもつかぬ深いお考えがあるはず。そう信じる他ないでしょう」


「魔王を倒すにはカイトが最適だと? とてもそうは思えんが」


「あるいは、乙女にも何か事情がおありなのかも。カイトさんでなければならない理由があったのかもしれません」


「そちらの方がまだ納得できるな」


 カップを置き、クディカは剣を振るうカイトを眺める。


「ひどい動きだ。ずぶの素人というのは本当らしい」


 デュールに軽くあしらわれながらも、必死の形相で剣を振るうカイト。そんな彼の姿が、ヘイスの心を強く打つ。思わず見惚れるほどだ。


「ヘイス」


「はいっ」


 リーティアに呼ばれ、居住まいを整える。


「その後どうです? カイトさんとは上手くやっていけそうですか?」


 親しみを感じさせる声色に、ヘイスは少しだけ安堵した。緊張で固くなっている自分を気にかけてくれているのだろう。リーティアの心遣いに感謝しつつ、ヘイスは口にする言葉を探す。


「カイトさまはお優しい方ですから。ボクのせいであんなことになっても、変わらず接して下さっています。まるで妹のように。ですからボクも、しっかりとご恩返ししていきたいと思ってます」


「ヘイス。あれはあなたのせいではありません。自虐的な考えはおよしなさい。自分を苦しめるだけです」


「でも」


「カイトさんがあの記憶を克服できるようしかと支えて差し上げなさい。それがあなた自身の為にもなります」


「はい……仰る通りです」


 このやり取りを聞いたクディカは、リーティアとヘイスを順に見やった。カイトがソーニャとの戦いでトラウマを抱えているとは知らない彼女であるが、なんとなく雰囲気が暗くなったことは察した。


「ところでヘイス。カイトとはどこまでいったのだ?」


 だからクディカは、落ち込んだ空気を流すための話題を振ったつもりだった。


「それは……えっと……」


「クディカ。あなたという人は」


 ヘイスは俯き、リーティアは湿気のある眼差しをクディカに向けた。


「なんだなんだ。どういうことだ」


 物事の機微に気付かず、クディカは困惑する。

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