第53話 魔王の城 ②

「あはは。大袈裟なんだから」


 魔王の苦笑は、若さ以上に幼く見えた。

 彼女の年齢はソーニャも知らないが、肉体の成長度合いから推測するに、魔族としては三十代半ば。人間に換算すれば十代前半といったところだろう。もっとも、魔王という規格外の存在にそのような常識が通用するのかはわからない。


 艶やかな黒い髪。猫を思わせる大きな栗色の瞳。肌の色は健康的であり、朗らかな表情と相俟って見る者に快活な印象を抱かせる少女だ。纏うのは全身が黒に染められた衣装。上衣の胸元には赤いリボンが結われ、肩を覆うほど大きな襟には二本の白い線が入っている。下衣は膝丈のプリーツスカート。白い靴下と黒い革靴が足元のコントラストを飾っている。


 魔王はセミロングの髪をしゃらんとすくい上げ、両腕を大きく広げて見せた。


「それよりほら、見て! 灯りをつけてみたの! 明るくなったでしょ?」


「明るすぎです! 目が焼けるかと思いました!」


「そうかなぁ? これくらいでちょうどいいでしょ。今までが暗すぎただけじゃない?」


「それは否定しませんが、物には限度というものがありますからね」


 大伽藍にこれでもかというほど敷き詰められた円筒型の燭台は、魔導灯と呼ばれる照明器具の一種だ。一つ一つが煌々と輝きを放ち、玉座の間を照らし尽くしている。

 ソーニャはどこか調子が出ない。魔王の前ではいつもこうだ。不思議なペースに飲み込まれ、彼女の無邪気さに引っ張られるかのように落ち着きを失ってしまう。


「そっかぁ。せっかくたくさん作ったけど、ソーニャちゃんがそう言うならちょっと減らそうかな」


 魔王の踵が軽く床を打つと、無数の燭台は一斉にその姿を消した。

 ソーニャの視界が再び暗闇に染まる。次の瞬間、改めて燭台が光を灯した。大伽藍の入口から玉座に至るまでの一本道に、等間隔で整然と立ち並ぶ魔導灯。先程までの雑然さは消え去り、玉座の間に相応しい荘厳さを演出していた。


 いつの間にか魔王は玉座に腰を下ろしていた。彼女は変わらぬ笑みでソーニャを手招きする。それに応じ、ソーニャは内心呆れながら玉座の前へ歩みを進めた。

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