第49話 魔王という存在 ②

 きょろきょろと部屋を見回して、ヘイスは薄い胸に手を当てた。


「びっくりしたぁ……分かってはいましたけど、カイトさま。なんていうか、こわいもの知らずですね」


「気をつける」


 今の発言がまずかったというのは流石のカイトにも理解できる。ともすれば不敬罪に問われるかもしれない。カイトのイメージでは、異世界の貴族とは得てして傲慢な人種であるが故に。


 ともあれ、なんとなく現状は把握できた。

 さしあたってやるべきは、この国を魔王の脅威から救うことだろう。あの女神もそれを望んでいるに違いない。カイトが異世界に召喚されたのは、きっとこの世界を救う為なのだ。


 だが、マナ中毒をどうにかしないことにはそれも叶わない。まずはカイトの脆弱な体質を改善するところから始めなければならない。それについては改めて話をするとリーティアが言っていたが。

 カイトはテーブルをコツコツと叩いて腕を組む。こうやってのんびりしている暇なんてない。今すぐにでも動き出したいもどかしさが、カイトから落ち着きを奪っていた。


「あのさ、ヘイス。灰の乙女に会うことってできるのか?」


「それは」


 口籠ったヘイスは、目を丸くしてカイトの顔を見つめる。


「難しいと思います。乙女への拝謁を許されるのは、王家の方々と最高位の神官だけです。ボクも実際に乙女のお姿を目にしたことはありませんし」


「将軍に頼んでも無理かな? あと、リーティアさんとかさ」


「どうでしょう……? クディカ将軍もフューディメイム卿も立場をお持ちですが、乙女に拝謁を許されたことはないと思います。仮にあったとしても、カイトさまを取り次ぐことは、その、厳しいのではないでしょうか」


 徐々に声を小さくしながら言ったヘイスは、どこか申し訳なさそうな顔をしていた。カイトの望みが叶わないと告げるのが心苦しいのだろう。ヘイスに責任があるわけではないなのだから、気に病むことはあるまいに。


「そう簡単には会えないか」


 召喚しておきながら甚だ無責任だ。女神なんだったら念話の一つでも寄越してほしい。あんな過酷な戦場に放り出されてそのまま放置なんて、流石に薄情過ぎる。


 部屋には沈黙が訪れた。

 テーブルを挟んだカイトとヘイスは、それぞれの様相でじっと時が経つのを待つしかなかった。

 快適な部屋を与えられたのは幸運だ。だが時間を浪費するのは我慢できない。なんせ余命数日なのだ。焦るなという方が無茶な話だろう。


 会話がなくなると、少しずつ焦りと苛立ちが募っていく。それだけではない。死の恐怖は刻一刻と迫っている。

 いくら修羅場を潜り抜けたといっても、カイトは精神的に未熟である。湧き上がる不快な感情をコントロールできるわけもない。


「あのっ、カイトさま。お水、いかがですか?」


 場の空気に耐えられなくなったのだろう。ヘイスがおずおずと、卓上の水差しを手にしてぎこちない笑みを浮かべる。


「いや、いい」


 別に喉は渇いていない。ぶっきらぼうになってしまったことを自省しつつ、カイトの表情は固いままだった。


「はい……すみません」


 目を伏せて水差しを置くヘイス。

 彼女なりに気を利かせてくれたのだろう。けれど今のカイトにそれを受け入れる余裕はなかった。

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