第45話 勇者 ②
彼女はおずおずと前に進み出ると、じっとカイトを見上げた。栗色の大きな瞳はこころなしか潤んでいるようで、カイトを動揺させる。
「ほら、大丈夫」
なかなか切り出せないヘイスの両肩を、リーティアがぽんと叩いた。
「あ、あの」
薄い胸の前で両手を組んで躊躇っていたヘイスは、意を決したようにきゅっと唇を引き結び、短い髪を振り回すほどの勢いで深く頭を下げた。
「助けて下さって、本当にありがとうございましたっ!」
一瞬ばかり戸惑ったカイトであったが、彼女があの若い兵士だったことをすぐに理解した。
「女の子だったのか……」
戦場では鎧兜に身を包んでいたせいで分からなかった。幸い、顔を上げたヘイスはカイトの無礼な呟きに気付かなかったようだ。
栗色の瞳と、同色の髪。短く切り揃えられた髪型のせいか、どことなく中性的な印象を受ける。身長はカイトより頭一つ分以上低い。
カイトの脳裏をよぎるのは亡き妹の面影だ。ヘイスとは似ても似つかぬ顔立ちではあるが、大きな栗色の瞳だけは記憶の中の妹と同じだった。
「よかった。ちゃんと助かったんだな」
カイトの頬が緩む。これが喜ばずにいられようか。
「はいっ。ホーネンの家名にかけて、このご恩は一生忘れません!」
「はは。大袈裟だな」
小さな拳を握り締めて宣誓するヘイスが微笑ましく、カイトは何気なく彼女の頭に手を置いた。幼き頃は、よくこうして妹の頭を撫でてやったものだ。
するとどうしたことか。カイトを見上げていたヘイスの顔がみるみるうちに紅潮し、ゆっくりと俯いてしまう。
「あらまぁ」
両手で口元を隠して驚きの声を漏らすリーティア。
「おいお前っ! 我々の前でよくもそんなことを」
クディカが血相を変えて身を乗り出し、唾を飛ばしながら声を張った。
デュールは呆れたように真横を向いている。
「えっと……んん?」
当のカイトはぽかんと呆ける以外になかった。
年下の女の子の頭を撫でただけでこんなことになるものだろうか。妹にしてやるのとそう変わらない気もするが。
とはいえ咎められたように感じたカイトは、小さな頭に乗せていた手を引っ込めた。
ヘイスは俯いたままだ。
わざとらしく咳払いをしたクディカが、ベッドの上に座りなおす。
「まったく。手が速いのは結構だが、少しは人目というものを気にしたらどうだ」
カイトは首を傾げるしかなかった。
「手が速いって……頭を撫でただけじゃないですか」
何気なく口にした一言に、クディカは信じられないといった風に目を大きくした。
幼馴染の見慣れぬ表情を見たリーティアが、くすりと品のある笑みを漏らした。
「カイトさん。あなたのいた世界ではどうかわかりませんが、少なくとも私達の文化圏において異性の頭や髪の毛を触れるということは、たいへん恥ずかしい行為なのですよ」
「恥ずかしい?」
なるほど。文化の違いというものか。とはいえ、カイトにいまいちピンとこない。
「具体的にはどんな風に?」
「ええ? そうですわね……」
まさかそこを問われるとは思っていなかったのだろう。リーティアは困ったように眉を下げ、クディカに視線を投げた。
「どう思います? クディカ」
「ええいっ。私に振るな!」
壁と顔を突き合わせたクディカと、気まずそうに眼鏡を押さえるリーティアを交互に見て、カイトはますます訳が分からなくなった。
「一つ例をあげるとすれば」
見かねたデュールが、部屋の隅から助け舟を出す。
「男が女性の頭に触れるのは、今からお前を抱くぞ、という意思表示だぞ」
「えっ」
それを聞いてやっと、カイトは事の重大さに思い至った。
ヘイスが顔を真っ赤にして俯いたのも、クディカとリーティアが言葉を濁したのにも、それなら納得がいく。
「い、いや! 俺は決してそんなつもりじゃ……!」
「わかっている。だが、次からは気を付けることだ。君がどういうつもりだろうと、いらぬ誤解を生むだけだからな」
デュールはカイトのフォローも忘れなかった。こういうところは男同士だからこそわかる機微だろう。
「ごめんっ。俺そういうの、全然わかってなくて」
「いえ……」
慌ててヘイスに謝罪するも、彼女は顔を上げてくれない。気を悪くしてしまっただろうか。
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