第27話 剣

 残された三人の兵士達は雄叫びをあげ、必死に武器を振るう。勇敢に戦っていると言えば聞こえはいいが、それは単なる行動爆発に過ぎない。彼らの顔は恐怖に塗れ、絶望に染まっていた。


「そーそー。最後まで諦めちゃだめ。頑張れば勝てるかもしれないんだから」


 楽しそうに笑うソーニャの傍ら、カイトは呆然自失として動くこともできない。

 間もなくカイトの近くに、兵士が一人転がり込んできた。


「くるな! くるなぁ!」


 小さな体で闇雲に剣を振り回し、接近する獣を追い払おうとする。カイトよりも幾分か若い兵士だった。


「子ども……?」


 体格からして十歳そこそこ。現代日本では小学生高学年くらいの年齢だろう。

 そんな馬鹿な。許されることじゃない。こんな歳の子まで戦争に駆り出されているというのか。

 カイトは驚きにも増して暗い感情を抱く。怒りや嘆きではない。それは焦燥であり、強烈な罪悪感であった。


「このぉっ!」


 革鎧を纏った年若い兵士は、転んだ体勢のまま剣を振り上げる。そこに生まれた僅かな隙をついて、獣の牙が襲い掛かった。腕に噛みつかれ、圧し掛かられ、身動きが取れなくなる。兵士の手から放り出された剣が、カイトの足下に突き立った。柔らかい土が鈍い音を鳴らす。一瞬にして二匹の獣の下敷きとされた若い兵士は、絶叫と共に四肢を暴れさせた。


「ああ、なんて可哀想なのかしら。人間ってほんとひどい生き物。いやになっちゃう。こんな小さな子に武器を持たせて、あたし達に殺させるなんて」


 演技がかったソーニャの声に、カイトは反応しない。彼の視線は足元の剣に固定されて動かなかった。


「ちょっと聞いてる? ねぇ」


 剣。それはカイトにとって象徴であった。

 冒険。異世界。非日常。成功と実現の象徴だ。

 つい数日前までのカイトは、一振りの剣に思いを馳せ、強き自分を夢に見ていた。


「ふぅん? その剣、取らないのー?」


 そうだ。

 いま手を伸ばせば、あんなにも憧れた剣を握ることができる。


 けど。

 それでどうする?


 確信がある。この剣を取れば、もう後戻りはできない。戦う力を手にしてしまえば、誰にも、自分にさえ、言い訳は通用しないから。


「あはっ。見てるだけなんだ。あなたも結構いじわるなのね」


 馬鹿を言うな。

 こんな棒切れ一本で、いったい何ができるんだ。

 助けてほしいのはこっちの方だ。死にそうな目に遭っているのはこいつらだけじゃない。


「俺を殺そうとした奴らのことなんか――」


 口をついて出た言葉は、ぐちゃぐちゃになったカイトの心を如実に表していた。


 二匹の獣に組み敷かれた若い兵士に、もはや為す術はない。

 革鎧は無惨に喰い千切られ、他の兵士と同じ末路を辿らんとしている。

 無力な自分は、それを黙って見ていることしかできない。


「あ」


 カイトの心に激痛が走る。

 若い兵士はもはや抵抗することさえ許されなかった。残された最後の道は、他者に縋ることだけ。故にカイトと目が合ってしまったのは、避けえぬ必然であったのだ。


「たすけてっ……」


 カイトは息を呑む。

 涙を溜めた栗色の瞳が、妹の面影と重なった。

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