第25話 目覚めた後の悪夢 ①
体の重たさを感じる。
湿った土は柔らかく、ほんのりと冷たい。
野鳥達の合唱、川のせせらぎが不思議と懐かしかった。その心地よい響きが目覚めの時を告げている。
「生きてるのか」
まるで他人事のような呟きだった。
ゆっくりと体を起こし、辺りを見渡す。深い自然に囲まれた景色。木々の間から光が差し込む様は、現代日本の山中の景色と何ら変わらない。
座ったまま、カイトは額を押さえてうなだれた。
「夢じゃ、ないんだよな」
異世界に来てしまった。そんな風に後悔する日がこようとは夢にも思っていなかった。むしろ、夢オチであってくれたらどれほど嬉しいことか。
首にかかったタリスマンを確認して、カイトは立ち上がる。どれくらい気を失っていたのかはわからない。
「ははっ」
思わず笑いが漏れた。
吹っ切れたわけじゃない。開き直ったわけでも、ましてや狂ったわけでもない。
どうしようもなさすぎて、もう笑うしかないのだ。
立ち上がり、服についた土を払う。
「さぁ、行くか」
疲労が重量感となって圧し掛かってくるが、今はそれ以上に活力に満ちている。徹夜明けの時なんかに感じる妙なエネルギーがみなぎっていた。
再び川沿いを歩き出す。ここまできたらヤケクソだ。死んだら死んだでいい。何をしなくともどうせマナ中毒で死ぬのなら、最後まで足掻いてみせるのが男の意地ってものじゃないだろうか。
木々の間を縫い、額を伝う汗を拭って、大地から盛り上がる木の根に足を取られそうになりながら前に進む。
「これって」
しばらく歩いた先で、カイトは道らしきものを発見した。人一人がやっと通れる幅の分だけ生い茂った草が踏み倒されている。真新しい足跡が幾つも重なって残されており、それなりの人数がここを通ったことを示していた。
森に入って初めて見つけた他人の痕跡である。希望を抱くに十分な進展だった。
「まだ、遠くには行ってなさそうだな」
自然と独り言も大きくなる。
ここまで踏ん張った甲斐があった。先の見えなかった孤独がようやく終わる。
カイトは知らず駆け出していた。心が生き返ると、枯れていた体力だって湧いてくる。足跡を追い、先を急ぐ。
そしてついに、数人の後姿を視界に捉えた。
「っ! おーいっ!」
力の限り叫ぶ。それは助けを求めるというよりは、助かったことへの安堵と歓喜が声になったものだった。
カイトの呼びかけに気付き、前を行く者達が一斉に振り返る。物々しい鎧を身に着けた数人の兵士達。モルディック砦より落ち延び、撤退の最中にある小隊であった。
彼らの目の前まで辿り着き、カイトは膝を杖に息を整える。事情を説明しようと顔を上げたところで、
「あ」
カイトは改めて、自身の不運を嘆いた。
クディカの命でカイトを地下牢へ連行した兵士達。そのうちの一人が、そこに立っていた。軽鎧をボロボロにした若い兵士。その顔に見覚えがあるのは、腹を殴られた恨み故だ。
「貴様は……!」
カイトの姿を認めるや否や怒りの形相を表し、彼は素早く手槍を構えた。
物騒な穂先を突きつけられ、カイトの体が強張る。安易に呼びかけてしまった自らの浅慮を呪ったが、今更悔やんでも仕方ない。そうだ、ビビっている場合じゃないんだ。
「待ってくれ! 違う、誤解なんだ!」
「何が誤解か! 魔族に媚を売った裏切者め!」
身に覚えのないスパイ容疑をかけられたまま砦は陥落した。しかも、敵が侵入したのはカイトが捕らえられていた地下牢である。
あくまで偶然の産物であったが、多くの者はそう思わない。むしろ、カイトが魔族の手先でないと考える方が難しい。
「奴を捕らえろ! 敵の間者だ! こいつのせいで、皆が殺された! 砦も失った」
他の兵士達が戸惑いを見せたのも一瞬。各々が厳しい様相で武器を構え、カイトを扇状に取り囲んだ。
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