第23話 ティミドゥス公 ①

「デルニエールには十万の民がおる。敗残兵の救出なぞに都市の大切な兵力を使うわけにはいかん」


「無論、理解しております。デルニエールの防衛は最優先事項。しかしながら防衛に不向きな騎兵であれば、数十騎ばかり減ろうと防衛に支障はありません。かの名将チェキロスの兵法に基づいた考えであります故、どうかご信用頂きとうございます」


「ならぬ。負け戦の兵など助ける価値もない。最も大事なのは民の生活よ。兵士とは民を守るためにいるのだ。兵の為に民を危険に晒すなど本末転倒も甚だしい。わしはこのデルニエール十万の民を陛下よりお預かりしている身であるから、この街を守る重大な責務を放棄するわけにはいかん」


 もっともらしいことを言っていはいるが、ティミドゥス公は少しでも多くの兵に自身とその財産を守らせたいのである。いかに言葉を飾ろうと、彼の浅ましい欲望と欺瞞は隠しようがない。


「殿下は命の価値を天秤におかけなさるのですか?」


「悲しいかな。時としてそうせざるを得ないのが為政者というものだ」


「恐れながら、そのような指導者の下では、皆いつ自分が天秤の軽い方に乗せられるのかと怯えて生きることになりましょう。それでは民の心はいずれ離れてしまいます」


「綺麗事を申すな。所詮おぬしのような一文官には分からんことよ」


「それでは殿下は、乙女の身をご案じになられないと?」


「なんと……そのようなことがあるわけがない! 王家の血を引く私が、あろうことか乙女の御身をないがしろにするなど……!」


 あからさまに狼狽したティミドゥス公は、それを悟られまいと必要以上に不機嫌を演じた。無論、下手な誤魔化しは目の前の二人に通用しない。幼稚な欺瞞を見透かす四つの瞳が、彼の額に汗を浮かばせる。


「お、おおそうだ! この後大事な政務があったのを思い出したぞ。急な来客のせいで忘れておったわ」


 わざとらしく独り言を口にしたティミドゥス公は、二人に手を振って退室を促した。


「そういうわけだ。今日のところは引き取りたまえ。派兵の件は一応考えておく」


「殿下! 事態は一刻を争うと――」


「デュール殿。かまいません」


 リーテイアの白い手がデュールの腕を掴んでいた。


「フューディメイム卿……しかし……」


「これ以上は殿下のご迷惑になりましょう」


 彼女は深く頭を下げ、デュールを伴って部屋を後にする。

 静寂の訪れた執務室で、公爵の口から重々しい溜息が吐かれた。


「どうすればよいのだ」


 一人になり、ティミドゥス公はぽつりと呟く。

 この街に魔族が攻めて来れば、果たして守り切れるだろうか。デルニエールが抱える戦力はゆうに五千を超える。しかし、白将軍率いる部隊がいとも容易く撃破されたことを考えると、決して楽観視できるものではない。


「周辺都市に援軍を頼むべきだな」


 公爵は自らの領地を守ることしか頭になく、救出部隊の構築など早くも忘却の彼方にあった。

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