第15話 銀髪の悪魔
「魔族?」
「もー。それ以外の何に見えるの?」
どうみても、人間にしか見えない。
確かに髪の色も瞳の色も魔族っぽいと言われればそうだ。けれど、髪や瞳の色が見慣れない色味であることはこの世界の人間だって同じである。現代日本なら、完成度の高いコスプレと言えば通用するだろう。
カイトは直感した。あの漆黒の獣や巨人は魔族ではない。真の魔族とは目の前の少女のような、人間に酷似した種族なのだ。
「どうしたの? そんなに息を切らせちゃって」
言われてから気付いた。息苦しいと思ったら、呼吸が乱れていた。鼓動は割れ鐘のように鳴り響き、全身に血を巡らせている。
「あたしが怖い? うっそだぁ。こーんなにかわいいのに?」
頬に手をあてて、いかにもな可愛らしいポーズを取るソーニャ。
彼女そのものが怖いというよりは、彼女が従えるあの真っ黒な巨人が怖いのだ。けれどそれを口にするのは、カイトの中のちっぽけなプライドが許さなかった。
「強がっちゃてー。かわいい生き物ね」
手袋に包まれた指を艶やかな唇に当てて、ソーニャはにっこりと笑みを作った。
半開きだったカイトの口が、ふと引き締まった。
魔族なら、人間の敵だ。
敵ならば、戦わなければならない。
そうだ。おあつらえ向きのシチュエーションじゃないか。これこそ覚醒イベントに違いない。力に目覚め、魔族に攻め入られた砦を華麗に救って、身の潔白を証明する。
なるほど整った筋書きである。戦う時はまさに今なのだ。
だというのに。
現実逃避じみた思考回路は、カイトの体を突き動かす原動力たり得ない。
指先は震え、足腰は砕け、まるで頼りにならなかった。
「あなた、罪人でしょ。どんな悪事を働いたのか知らないけど、こんな趣の欠片もないような牢屋に繋がれて、とってもかわいそー」
否定の言葉も出てこない。
「あなたが牢屋から逃げちゃったら、人間達も少しは騒いでくれるかしら?」
「なにを」
言ってるんだこの娘は。もう既に、砦の中は大混乱に違いない。
気付くと、ソーニャの指がカイトの頬をちょんとつついていた。
「逃げてもいいわよ。あなた」
「え……?」
「嬉しいでしょ嬉しいでしょー? ちゃーんとあたしに感謝してよね?」
何度も何度も、ソーニャはカイトの固い頬をつっつき回している。
「だってかわいそーだもん。騒ぎになったら、それはそれで儲けものだし」
カイトは呆然としてなされるがまま。
「殺す価値もないしね」
その一言が、カイトの胸に深く突き刺さった。
頬をつついていたソーニャの指が、大穴の方を指し示す。
「ほら。どーぞ」
言われても、カイトはすぐに動けなかった。
お前など眼中にないと言われたも同然だ。向けられた言葉の衝撃は、カイトの感情を激しく揺さぶっていた。目の奥が熱くなる感覚。視界がぼやけるような、それは眩暈にも似ていた。
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