fx4
春嵐
第1話
何気ない日常と、その空白。
普通に歩いていた学校の廊下。
「あれ、ここ」
左に曲がれば理科研究室。そして、右は行き止まり。
行き止まりのはずなのに、右側にも廊下が続いている。
「参ったな」
周りを見渡す。夢かどうかを判別できるもの。
「ないか」
とりあえず、廊下に座り込んで端末を取り出す。電話。
「はい」
恋人。
「教えて。これは、夢?」
「ちょっと待ってね」
端末が置かれる音。無音。
「現実だよ?」
「ありがと」
「何か出たの?」
「出たというか、たぶんこれから出る。学校の3階。理科研究室の近く」
「10分ぐらい経ったら連絡するね」
「おねがい」
電話を切った。
生まれつき、他の人に見えないものや分からないことが見えたり分かったりする。恋人も、その類いだった。巫女の体質で、お祓いができる。彼女が喋るだけで、回りは浄化される。
「さて」
立ち上がる。夢じゃないのなら、現実に右側の廊下は存在している。つまり、足を踏み入れることができる。
自分に巫女の体質はなかった。呪いとか憑依とかもできない。ただ、理性的でいるだけ。それだけが取り柄だった。どんなに狂った現象でも、どんなにおかしな相手でも、理性的に対処できる。鋼の意思とか銀の弾丸とかいうらしい。
廊下。踏み込んだ。
「おっ」
何かが変わった。
太陽の光。変わらず西日。廊下の背景や場所。変わらない。
「材質、かな?」
廊下の反射が、少し大きい。傷も少ない気がする。
歩いた。
部屋がある。
第二理科研究室。
「過去、かな?」
むかしは理科研究室が二つあったのかもしれない。どれぐらい過去だろうか。この学校は築50年ぐらいだから。
扉を開けた。
「うわっ」
人。3人ぐらい。白衣。全員黒い眼鏡。
「これは、もしかして」
「あの、ここはどこで、今はいつですか?」
3人。肩を組んでよろこんでいる。
「ここは理科研究室で、今は」
75年前。おかしいな。学校の歴史よりも前だ。
「我々は、ここで、歴史を改変する方法を編み出していたのです」
「ふうん」
とりあえず、椅子に腰かける。
「あなたは、どこから、いらっしゃったのですか?」
「75年後。あと、たぶんこれは、あなたがたの研究じゃなくて、わたしがそういう体質だからだと思う」
「体質?」
「普通じゃないものに引き寄せられるの。わたし」
3人。少し離れて、こそこそ話。
端末を取り出した。3分経った。10分経つと電話が来る。たぶんそのときに今の時間軸に引き戻されるだろう。
「あの、もし」
黒い眼鏡のひとり。
「はい」
「お訊きしたいことがあります」
「どうぞ」
そういえば75年前だよね。なんで私にも敬語なんだろうか。
「日本は、戦に勝ちましたか?」
「ああ、太平洋戦争か」
言ってもいいのかな。
いいか。どうせあと5分ぐらいしかいないわけだし。
「負けたよ。かなり派手に。空襲とか爆弾とかで、ひどいもんだった」
「そう、ですか」
「びっくりしないね。愛国的な何かはないんだ」
「自分等は学生の身分ですが、世の中のことは、分かっている、つもりです」
「そうなんだ。戦争が勝つように歴史を改変するの?」
「いえ。逆です」
「逆?」
「敵国の人的被害を、抑えようと思っています」
「非国民じゃん」
「国民であれば何をしても赦されるというのは、間違っております」
なかなか先鋭的な思想持ってるな。
「風船爆弾について、ご存知ですか?」
「風船爆弾?」
知らない。
「気球に爆弾を取り付け、飛ばすのです。やがてそれは気流に乗り、敵国を無差別に爆撃します」
「おお。すごいね。そんなのあるんだ」
「悪魔の兵器です」
「えっ」
「戦争で非戦闘員を攻撃するなど、それは危険でやってはいけないことです」
「なんで?」
「なんでって」
「だって相手の国の人がしぬんでしょ。戦争ってそういうものじゃないの?」
「それでも、民間人を巻き込む作戦は、我々は、同意いたしかねます」
「へえ」
こいつら、風船爆弾を止めようとしているのか。
「で、どうやってその風船爆弾を防ぐの。非国民さん」
「非国民と言うのはやめてください」
3人が、何か大きめの装置を取り出した。
「回りの空間を、ほんの少しだけ、歪めるんです。そうすれば、気流がわずかに変わる。そして、爆弾はまったく見当違いの海の上で爆発します」
「ほう」
「その実証実験でした。何も変化がなく、失敗かと思っていたところに」
「わたしが来たと」
「そうです」
そう簡単に空間を歪められると困るなあ。
「仕組みは?」
「原子の力を利用します。詳しい仕組みは理解していただけないと思いますが、特定の原子同士をぶつけて物理的に肥大した力を一瞬だけ」
「うん。わかった」
手も、身体も、おかしいところはない。眼も見える。身体に異状を及ぼすものではない。
「何か、おねがいは、ある?」
「そうですね。どうなったかが、知りたいです。後の世で、風船爆弾がどうなったのか」
「わかった。探しておく」
端末。10分経った。
電話が来る。
「時間来ちゃった。じゃあね」
「ありがとうございました」
「どうか安らかに」
眼を閉じて、電話に出た。
「どう?」
声。
「うん」
目を開けた。
廊下の行き止まりの前に、立っている。右側には、何もない。
「戻ってこれた?」
「うん。ただいま」
「どうだったの?」
「75年前の亡霊が、いた。風船爆弾がどうとか」
「へえ。明日会ったら聞かせてね。これからお祓いがあるの」
「いってらっしゃい」
「うん。いってきます」
電話が切れた。
「さて」
風船爆弾について、調べておくか。
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