11話『デーモンクエスト』part.3

「ぐっ!? き、貴様ぁ何を……い、いやその障気は!」


 頭を押さえてふり返る魅亜。

 怒りに満ちた瞳でエリーゼを睨みつけるも、エリーゼの身を漂う黒の障気を見て、すぐに目をみひらいた。


 魔皇姫まこうひエリゼリスの力が具現化した障気だ。

 今の身体では全盛期の十分の一にも満たないが、魅亞ほどの大悪魔ならば障気だけでもエリーゼの正体がわかるはず。


「……まさか先代?」

「そのまさかよ。アンタね、見た目で悪魔を判断してどうすんの」

「こ、これは失礼を!」


 殴られた頭をさすりながら魅亜が姿勢を正す。

 そんな矢先、新たな気配が通路から近づいてきた。


「やー。こんちはー」


 賓客室ゲストルームの扉が数センチほど開かれて、その隙間から入ってきたのはエリーゼの膝丈ほどしかない小人だった。


 小柄でありながら、部屋に響きわたる大声量。

 外見は小鬼コボルトに近いだろうか。薄緑色の肌をした小柄な悪魔で、襟をそばだてた黒コートを羽織っている。人間視点では気味の悪い姿だが、その声は賓客室ゲストルームの中でももっとも明るく快活な少年声ボーイソプラノだ。


「おぉ先代? 転生されたのですねー」

「久しぶりだねえゴール」


 小人の悪魔は、エリーゼを一目見るなり先代魔王と見抜いてみせた。

 ――五大災『造の将魔』ゴールンメルト。

 強大な法力をいかした大規模法術を得意とする五大災の中で、唯一、直接対決よりも罠や策といった絡め手を好む策士型の悪魔である。


 特殊な偶像ゴーレムや人形を無数に製造して手駒とするほか、数々の凶悪な罠を設置して敵を仕留める。そうした姑息とも言える手段をとることから、五大災きっての武闘派である魅亞とは犬猿の仲でもある。


「いやいや転生に成功されて何よりです。随分と幼くなられましたな先代魔王。一足先に来た魅亞が見違えるようなお姿ではありませんか」

「…………」


 その皮肉たっぷりのセリフに、魅亜の眉がぴくりと動いた。


「まさか先代様に向かって『触るなチビ』などと申すおバカさんはいないかと。ええ、まさかまさか先代様に気づかない不届き者の五大災はいないと思いますがねぇ」


「……貴様。ゴール……」

「ふふん、そうしてすぐ見かけで悪魔を判断する。キミの悪いところだね?」


 小人の悪魔を見下ろす魅亞だが、見下ろされた方の悪魔はまるで動じた様子はない。ひょいと跳躍するや、テーブルに飛び乗って。


「それで先代様、わざわざ魔王様もおそろいでボクを呼んだのは?」

「ええとね――」


 エリーゼが言いかけた矢先、賓客室ゲストルームの空気が動いた。

 突如として現れた悪魔の、その気配によって。


「お? アンタも久しぶりじゃない。バオ」

『…………ォォッ……ォォッ……』


  仮面のスキマから漏れるのは声か、呼吸音か。

エリーゼがバオと呼んだのは、奇妙な紅白の仮面をつけた悪魔だ。

 藁のような素材を編んだ外套で全身をすっぽりと覆った外見のせいで、外套の内の身体が太っているのか痩せているのかもわからない。むしろ藁人形のように藁が詰まっているだけのようにも見える。


 顔を仮面に覆っているせいで、声も呪詛のように曇ってしまっている。

 そんな不気味さを湛えた大悪魔が、この五大災『呪の将魔』バオである。


 さらに言えば賓客室ゲストルームの扉は閉まったままだ。扉を開けずして、どうやって部屋の隅に現れたのかも不明。

 

 とはいえ、それで驚く者はこの賓客室ゲストルームにいない。

 呪の将魔バオがそういう悪魔であると誰もが理解している上に、先代魔王エリーゼと魔王ヴェルサレムをはじめ波の将魔ミア造の将魔ゴールンメントも同じように超常の大悪魔であるからだ。


「よし、まだ二体来てないけど話しちゃおうか」

 集まった三体の五大災。

 彼らを順に見回して、エリーゼは手を叩いた。


 律儀に直立不動の姿勢をとる『波の将魔』魅亞。

 テーブルの上にいるのが『造の将魔』ゴールンメントで、部屋の隅っこできょろきょろと頭を動かしているのが『呪の将魔』バオである。


「じゃあ弟、説明よろしく」

「……よく集まってくれた皆の者。今日集まってもらったのは他でもない。我が姉であり先代魔王エリーゼについてである」


 ソファーに腰かけた魔王ヴェルサレムが、威厳たっぷりに咳払い。


「姉は、このとおり転生に成功した。……が、転生前の身体とは程遠いものになってしまっている。失われた力は大きく、これは我らが種族の総力としても痛手であることは間違いない。そこで――」


「……身体と力とを元に戻す術はないか、と?」


 二の句を継いだのは魅亞だった。


「なるほど心得た。そういうことならばオレも力を貸そう」

「自信ありげじゃん魅亞? でも多分、結構難しいよ」


 死滅する肉体を、無理やりに別の肉体に切り替える『転生の儀』。

 魔王宮に伝わる歴代魔王の秘儀にあたり、当時の魔王であったエリーゼさえも成功させるのに三百年の月日を要した。


 それでもなお、この身体が限界だったのだ。


「悪魔の秘薬とかもまるで効果ないんだよ。アタシも試してみたんだけどねえ」

「お言葉ですが先代。そんな秘薬や秘宝などという胡散臭い代物に手を出さずとも、オレが一番良い方法を知っている!」


 自信に満ちた表情で、魅亞が握り拳を作ってみせた。


「ずばり鍛錬だ!」

「……はい?」


「全身を徹底的に鍛えぬく。冥界を旅して名のある悪魔を倒す武者修行も良し、魔獣を狩るのも良し。自主鍛錬も悪くない。もちろん戦いの後は十分な食事と休息を取ることも忘れずに。健全にして王道! これで必ずや元の身体に戻るはず。さあ先代、オレと一緒に武を極める旅を始めよう!」


「何年かかるの?」

「……たぶん七十年くらい」  

「はい却下」


 暑苦しい魅亜の説明を、エリーゼはあっさりと打ちきった。

 鍛錬だの何だの、冗談ではない。

 そもそもそんな回りくどい正攻法が面倒だから、ズルして元の肉体に戻りたいというのが今回の趣旨である。


「もっと楽なのがいいのよ。早ければなお良し」

「楽なのですか……う、うーん……オレはこの方法が楽なので……」 


 波の将魔が眉をしかめてしまう。

 と、その肩に飛びのったのは黒コート姿の小悪魔だった。


「先代様、こーんな頭の中まで筋肉の輩に知恵を借りるというのが間違いでしょう。楽をしたいのならボクにお任せあれ!」

「教えてごらんゴール」

「はい。つまり転生のやり直しです。あらかじめ大きな肉体を造っておいて、そこに転生すれば楽ちんですよ。あっという間に以前の先代様のお姿です」


 造の将魔が、賓客室ゲストルームに声を響かせた。


「いかがでしょう!」

「大きな肉体? そんなのアタシ用意してないよ?」


「ですからボクが造ってさし上げます!」

 小人族の悪魔が、ますます興奮した口ぶりで。


「……うふふ、先代様のお美しい身体を我が手で創造する時がこようとは。黒真珠のごとき光沢の黒髪に、美貌と冷徹さを兼ねそなえた相貌。ゆっくりと手間暇掛けて細胞を培養し、肉体のアレやコレまで忠実に再し……」


「やっぱいい。気持ち悪いから」

「そんなっ!?」


 というわけで最後の一体へ。

 今まで一言も喋ってない将魔にエリーゼは目を向けた。


「バオー、バオさー、アンタもちっとは参加してってば」

『…………ォォ……ォッ……』


 藁でできた外套を揺らせて応じる呪の将魔バオ。

 しかし本当にエリーゼの話が聞こえているのだろうか。なにしろ仮面をつけているせいで表情がまるでわからない。


「知恵を貸してよ? 呪いが得意なアンタの分野じゃないかもしれないけどさ」

『………………』


 首を傾げる仕草のバオ。

 そして。


『……ォッ……』

「え。寝る? なんでよ」


『……ォ……ォ……ォッ……』

「寝る子は育つって?」


 こくん、と首を振って動かなくなる呪の将魔。

 自分が実践してみせると言わんばかりに。


『――――――――』


 なんと、その場で寝始めてしまった。


「……姉ちゃんこりゃダメだ」

「ああもうっ、なーにが五大災よ、アンタは揃いも揃って役立たずじゃん!」


 肩をすくめる魔王の前で、エリーゼは頭を掻きむしったのだった。





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