社会科学研究会活動報告
山本楽志
第一次活動報告
ツカツカと鉄筋コンクリートの校舎の床を足音が刻む。
いかにも神経質な響きをたてつつ、
細身の眉はつり上がり、ヘッドバンドであらわにした額まで真っ赤に染まっている。
「
部室の戸を力いっぱい引き開けると、年代物のサッシが悲鳴をあげて反対側に叩きつけられる。
しかし、
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
意外にも次にあがった悲鳴は那緒自身のものだった。
「んあ、どーしたネ、ナオちゃん」
「どーしたね、じゃありません! ミーナさん、なんですか、その格好は! あと、わたしはナオじゃなくて、クニオです!」
あわてて戸を閉めながら、那緒が叫んだ。
「ンー、別に汚れてないヨ。今日は体育があったから、ソン時着替えたモン」
相手の少女は、ウェーブのかかったブロンドヘアを揺らしつつ、猫を思わせる円みをおびた動きで、青い瞳のまなざしを体のあちこちに向ける。
ところが、その姿は、上はブラジャー、下はショーツのみの半裸状態だった。
「そうじゃありません! 制服はどうしたんですか!」
「脱いだヨ。暑いシ」
ミーナの指先が示す部屋の片隅には、たしかに見慣れた制服がまるまって山をなしていた。
「脱いだよって……。あなた、そんなところで……」
部屋は窓際に、腰の高さほどの棚が一面設えられている。ロッカーがわりのその棚の上で、ミーナは腹這いになっていた。同じ十六歳とは思えない豊満な胸が、軽く圧されてゆがんでいる様は、同性から見ても扇情的だ。
「だって、ソッチだと暗くて顕微鏡が見えないヨ」
ミーナの手もとには顕微鏡と小型のノートPCが置かれており、何かを観察してそれ記録しているようだった。
「ですから、そうじゃありませんてば……」
「あっ、ナーンダ! ソレなら心配御無用ヨ。ホラ、ちゃんと窓は閉まってるから、落ちたりしないネ」
得意満面で鼻高々にミーナがいいはなった途端、ブツリとなにかの切れる音が室内に響いた。
「外から下着姿がまる見えやちゅうとんじゃ!」
秋津学園高等部文化部棟最上階東端に、社会科学研究会は居を構えている。
会員は一年生ばかり四人がいるだけの零細クラブだが、なにかというと生徒の話題に上がることが多い。良くも悪くもその四人が四人ともに、一般生徒という範疇から逸脱しているためだ。
「ナオちゃん声が大きいヨ。菌がビックリしちゃったネ」
「クニオです! いいから、貴女は服を着なさい。でないと、カーテンを閉めてしまいますからね」
「ハーイ」
さすがに那緒の怒りが尋常でないと察してか、ミーナも殊勝に従った。
「そうだよ、ミーナ、いくら暑くなってきたからって、まだまだ五月なんだから。そんな格好でおっぱいやらお尻やらほうり出していたら、すぐに風邪をひいちゃうぞ」
研究会の備品である型落ちのデスクトップPCの前に陣取っていた
「笑いごとじゃありません。そもそも、あなたに話があってきたんですよ、京さん。これはいったいなんですか」
そういって鼻先に一枚の紙を突きつける。
「お、読んでくれたんだね。今回のはなかなかおもしろいでしょ」
それは京の出している新聞だった。社会学研究会に籍を置く一方で、京は新聞部にも所属しており、そこで単独で週刊新聞を発行している。
どうして一人かというと、
「おもしろくありません! なんですか、これは。時計台わきの鷺沢池に幽霊が出るらしいだなんて」
取り扱う記事がゴシップにかたよる癖があり、部が正式に出している紙面には載せてもらえないことが多いためだ。
「特に問題なのは、その原因です。悲恋の末、受験を苦にして、ひどいいじめを受けて、家庭の事情に耐えきれず入水した浮かばれないものがこの世に迷っただとか、果ては戦争中の食糧難のために亡くなった人の霊だとか。あまりにも一貫性というものに欠けるでしょう」
「しょうがないじゃない。そういう噂があるんだから」
那緒の剣幕にも京は涼しい顔で、眼鏡を拭いている。
「しょうがなくありません。得られた情報を取捨選択することで、筋道というものは通るんです。これでは単なる話のごった煮です」
「ごった煮結構だね。あたしにしてみりゃ、筋道をたどるために恣意的に選択する方が捏造に思えるよ」
「捏造とはなんですか。記者が責任をもって取捨選択を行うからこそ、記事に説得力が生まれるのでしょう。これではただの放言です」
「なんですって、この石頭!」
「どちらが、このわからず屋!」
那緒の口調に感化され、京のボルテージまで上がろうとしてきたところで、
「こんにちはー」
部室の戸が勢いよく開かれた。
入ってきたのは井上えみり、彼女も社会科学研究会の一員だ。
「エミリ、よく来たネ」
ブラウスのボタンもとめきらず、スカートのファスナーも半開きで、ミーナはえみりに突進して、そのまま両腕の中に抱きかかえてしまった。
「ちょ、ちょっと、隈楠さん。せめて、荷物だけでも下ろさせてー!」
「ダメだヨ。エミリ、また逃げちゃうネ」
井上えみりはこんな名前だが、生粋の日本人だ。他の面々と同じく高校一年生だが、頭ひとつ分は小さな身長とおかっぱの髪型のおかげで中学生、へたをすれば小学校の高学年生くらいにしか見えない。一七〇を越えているミーナがそばにいると、なおのことだ。
「やっぱりエミリがいちばん抱き心地がいいヨ」
「うー」
慣れているせいか、えみりもあまり抵抗せず、かわいいもの好きなミーナにもみくちゃにされるにまかせている。
「ところで、お二人はどうされたんですか?」
ミーナとえみりがくんずほぐれつする背後で、まだ諍いは続いていた。
「ナンカ、幽霊が出るトカ、出ないトカいってたヨ」
「幽霊!?」
見る間にえみりの顔色が変わっていく。
すると、やおらミーナの腕を引き剥がし、つかつかと京と那緒のもとに寄っていくと、
「梁木さん、栂丈さん、やめてください、幽霊の話だなんて」
ほとんど金切り声で割って入った。
「へ?」
「え、えみりさん」
突然の闖入者に、さすがに二人とも呆気にとられてしまった。
「だってそうじゃありませんか。幽霊なんてなにかの見間違いか、気のせいの産物です。いないと決まっているものを、あたかもいるみたいにいい合うだなんて、バカバカしいし、時間の無駄です」
「ちょ、ちょっと、えみり、あんた大丈夫?」
「そうですわ、えみりさん。お顔の色が……」
「わたしのことなんてどうだっていいんです。幽霊なんていません! いちゃいけないものなんです! いちゃヤなんです!」
可聴領域をすっ飛ばしていきそうな高音でまくしたてるえみりの顔色は、そのテンションと異なり真っ青に、いやむしろ白く色を失っていた。
おまけに瞳は潤み、下唇を噛み締めながら、ぷるぷると握った手を震わせている。
そんな姿を見ていると、那緒も京も、それ以上あえて強弁する気にはなれなかった。
ところが、あいにくなことに、部室にはそういう空気を些かも汲まない人物が一人いた。
「じゃあ、ミンナで池を見に行こうヨ」
そのあっけらかんとした提案に、他の三人はそろって、
『は?』
と口にするしかなかった。
もっとも、声は同じでも、その意図するところは随分と違っている。
「そ、そんな、どうして」
悲鳴にも似た抗議を強く含ませていたのはえみりだった。
「だって、ソコニ幽霊がいるカいないカが問題なんでショ? ナラ、実際に見に行くのが、いちばんてっとり早いじゃナイ」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」
残像が生じるほどの勢いで、えみりは首を横に振りまくる。
「幽霊はいないことが前提なんです。そこのところは栂丈さんも梁木さんもご存知なんです」
ところが、
「えみり、それは誤解よ。だって、あたしは幽霊の実在を強く信じているもの。いやしくも、ジャーナリストの端くれ。自分の書いた記事の信憑性を、自分で疑うわけがないじゃない。幽霊はいる! 絶対にいるわよ!」
京は固めた拳を振りかざして熱弁しだした。
彼女の先ほど発した「は」は、自分の嗜好に合う格好の餌を嗅ぎあててのものだった。
「そんな! 梁木さん、いってあげてください。論争の焦点はそんなところじゃなかったんですよね」
「えみりさん……。もうあきらめましょう」
つぶらな瞳に涙さえたたえて、すがりつくような眼差しを那緒に投げ掛けてみるものの、期待した助け船は得られず、かわりに返ってきたのは、そんな無慈悲な言葉ばかりだった。
瞬間、那緒の額と京の眼鏡がキラリと光り、二人の顔に薄い笑みが広がった。
なんだかんだいって、二人とも好奇心には勝てない女子高生だった。
「そんなあ……」
京と那緒の豹変ぶりに、思わずえみりはよろめきかけた。それを後ろから支えてくれたのは、ミーナだった。
「よーし、ジャア、出発進行ー!」
そうしてそのままはがいじめされ、えみりは足が浮いて、頭までミーナの胸でがっちりとガードされ、まったく身動きできない体勢で運び出されてしまった。
「いやーっ!」
後には、えみりの悲痛な叫びが残されるばかり。
時計台は高等部以下の生徒の間で使われている通称で、大学部の校舎の一つとして正式名称は別にある。
幼稚舎から備わる一環教育の秋津学園だが、特にそれぞれの区域が壁で仕切られているわけではない。とはいっても、おのおのの世代で生活圏があるから、例えば中等部の生徒が高等部の区域を訪れることは少ないし、うろついていてはやはり目を引いてしまう。
だから、
「大学部はヒトが少ないネ」
「学生ならさっき、校門のあたりにたくさんいたじゃない。あの混雑は高等部以上だよ」
「人口密度の差が大きいのですわ。高等部まででしたら、敷地内のどこでも、大抵だれかおりますが、大学は人のいる場所といない場所で、雰囲気が違いすぎます」
鷺沢池はその名の通り、夏場に鷺が飛来することで知られ、葦と蓮が池の東西で分かれて繁茂している。周囲にはベンチが設置され、こぎれいに整備されているにもかかわらず、訪れる者は少ない。
「しかし、こりゃいかにもって感じだね。幽霊の一体や二体出たっておかしくないわ」
「いかにも?」
なにげないつぶやきだったが、那緒は聞き逃さない。
「京さん、あなたここに来たことがあるんじゃないの?」
「なんで? あたしの記事は、この池に出る幽霊についての噂なんだもの。現地を訪れる必要はないわ。もちろん、噂の発生源っていう人には、できるだけインタビューしたけどね」
京は特に悪びれる様子もない。
「それでよく幽霊を信じるなんていえましたね……」
じと目でえみりが京をねめつける。
「そりゃあ、ねえ」
まさか今さらあんたを連れてくるための方便だともいえず、言葉を濁すしかなかった。
「ところで、首謀者はどうしたの?」
「あちらに」
那緒の示す方を見れば、葦の合間がちらほらと黄金色に輝いている。この池に足を運ぶことになった発端ことミーナは柵をくぐって、中腰の姿勢のまま水面のあたりをごそごそとやっていた。
「
「藻の採集ヨ。後で調べるネ」
その手には小振りの目の細かな網とフィルムケースが握られており、既にプラスチック製の容器の中には、池の水といっしょにたくさんの藻がゆらめいていた。
「ここの水は面白いんだヨ。日照時間が、アノ建物で調整されるから、平地では見られないようなコケや藻があるんだヨ」
時計台の影法師が伸びて、放課後のこの時間には、もう一足先に夜陰が覆いはじめている。
「相変わらず熱心ですわねえ」
「ウチは千種類の植物を観察するって誓ったネ。自分の約束を自分で反故にはできないヨ」
「なんだ。じゃあ、ミーナは、ここに来たことがあったんだ」
「ウン。週に一回は調べに来ているヨ」
「なら、わざわざ足を運ばなくても、あんたに聞けばよかったよ。ねえ、ここに幽霊なんて出んの?」
京でなくとも、だれが聞いても馬鹿らしい質問だった。
幽霊が出るようなところに、足しげく通うような人間が、普通ならばいるはずがないのだから。
「ウン」
普通ならば。
「え?」
部室と同様、那緒、京、えみりの声がぴったりと合った。しかも、今度は意図するところまで同じだった。
「出るヨ。えーっと、ほら、そこトカ」
水辺から立ち上がると、ミーナはきょろきょろと周囲を見回し、実にぞんざいに一方向を指さした。
だれもが冗談だと思った。思おうとした。
しかし、その期待に反して、池からやや離れた先、時計台の影のようやくかかるかかからないかというところで、灌木の並ぶ茂みから、じっとこちらをうかがう少女があった。
少女は那緒たちと同じようなブレザーを身にまとっていたが、よく見れば細部で異同があり、どことなく古ぼけて映った。
影に埋もれて表情はうかがえなかったが、ただ瞳だけが爛々と輝き、一同を見据えていた。
そして、少女の体はうっすらと透けて、背後の木肌や青葉を、制服といわず顔といわず髪といわずつつぬけに映しているのだった。
三人分の息を呑む音がした。けれども、那緒をはじめ、京もなにもしゃべることができなかった。
えみりなど硬直してしまっており、瞳孔は開き、汗がとめどなく吹き出して、喉が張り付いて開いたままの口をわなわなと動かすのが精一杯だった。
「ソレから、あっちニ」
そんな同級生の状況を一切かえりみず、ミーナの指が次いで池の対岸をさした。すると、そこにも少々様相を異にするものの、透ける少女がいた。
「向こうにもいるネ」
今度は時計台の物陰だ。
「アソコにも」
ミーナの指摘はとめどなく続き、あっという間に十人近い幽霊が示された。
「ちょ、ちょっと、ちょっと……」
ようやく那緒がなんとか声を振り絞って、ミーナをさえぎろうとした。
いくらなんでもこの幽霊の団体はない。情緒もへったくれもあったもんじゃない。いいかげんにしろと、文句の一つもいいたくなってもしかたがない。
もっとも、
「あとは、ミンナの後ろにいる一人。ソレデオシマイ」
残念ながらミーナのカウントを制止するにはいたらなかったのだが。
それまでのくり返しで、ほとんど条件反射のように、三人はいわれるがままにふり返った。ふり返ってしまった。
それは目と鼻の先にいた。
長い前髪を無造作に垂らし、鼻のあたりまで隠れてしまったその少女は、口を三日月の形にして笑っていた。他の幽霊たちと等しく、その少女も全身が透けていた。ただ、口腔の奥だけが紅く染まり、そこだけがなにものをも見透かせない朱色にまみれていた。小首を傾げた姿勢のため、いまにもその紅色がこぼれ落ちてきそうだった。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
とうとう悲鳴というか怒号が爆発した。
かたまったままのえみりを二人がかりで抱えて、那緒と京はミーナの後ろに引っ込んだ。
「ミンナ、どうして隠れるネ? せっかく探しにきたものが出てきたんだヨ」
「当たり前でしょう! こんなにいっぱい出てくるなんて、聞いてません!」
声こそ勢い込んでいるが、那緒はミーナの肩をつかんで全身をガクガクと震わせていた。
「デモ、だれも一人ともいってなかったヨ」
「こういうのは一人なの! そう決まってんのよ!」
京もミーナの背中に顔をうずめてしまっている。
「ち、近づいてきますよう!」
那緒と京に場所を取られて、幽霊の姿を直視しなければならない位置に置かれたえみりは、べそをかきながら訴えた。
その言葉通り、幽霊たちは、ミーナと少しずつではあるが距離を詰めつつあった。
「ちょ、ちょっと、ミーナなんとかしなさいよ!」
「そういわれテモ……」
「ミーナさん、貴女、普段からよくこちらにはいらっしゃっているんでしょう。なにかこんな時の対策法はないんですの!」
「ンー、あんまり気がすすまないネ」
「そんなこといってる場合じゃないですよう!」
友人三人に懇願され、しばらくは眉を顰めて考えこんでいたミーナだったが、とうとう意を決して、
「わかったヨ! ミンナのためだったらしかたないネ! ウチも心を鬼にするヨ!」
存分に見得を切った。
すぐさまミーナは右足を一歩前に出し、なにか構えをとったかと思うと、そのまま踵をかえして、那緒たちの方へ向き直った。
『へ?』
思いもよらぬ行動に、三人の口からは、場の雰囲気にそぐわぬ、気の抜けた声がもれ出た。
見ると、ミーナの右手の人差指と中指が口もとに寄せられている。
そして、半開きの口の中へ、二本の指が吸い込まれるようにどんどん奥へと入っていった。
呆然とその様を見守っていた三人だったが、ミーナの指の間から、喉の鳴るいやな音が聞こえだすと、にわかに我にかえった。
「ちょっとまさか……」
「バカ、ミーナ、あんた!」
「やー!」
幽霊たちの取り囲む輪はすっかり閉じて、もう数歩先に迫っている。迂闊に逃げだすわけにもいかず、かといってこのままミーナに身を寄せていても別の危機が待ち構えているのは明らかだった。
那緒たちの拒絶の声を背景に、しばらくの間、ミーナは指でさんざん口の奥をつついていたが、
「うっ!」
とうとう限界がやってきた。
次の瞬間、女子高生の口から発せられているとは到底思えない、野太くも堂に入った嘔吐声が、夕闇のかかりはじめた時計台に響いた。
半時間後。
那緒たちは部室に戻っていた。
「うう、ひどい目にあったネ」
「それはこっちのセリフです! よりにもよって、げ……、と、としゃ、吐瀉物をかけるだなんて……」
いいつくろった部分はかなりな早口だったが、那緒の怒っている理由は明らかだった。
「だからいったネ。気がすすまないっテ」
「まさか、あんな方法をとるなんて、思うわけがないでしょう!」
あの鷺沢池で、ミーナは喉に指を突っ込んで、無理矢理込み上げさせたものを、残る三人にぶちまけたのだった。
「だって、アレがいちばん手軽で確実な方法なんだヨ。昔から眉に唾をつけるっていうネ」
実際、周囲を取り巻いていた幽霊たちは、たちまちかき消すように見えなくなった。案外、那緒たちを気の毒に思ったのかもしれない。
「唾液に魔よけの効能があるのは、オオムカデ退治の話から……」
「手が止まってますわよ」
言葉を接ごうとするミーナを、那緒はばっさりと切って捨てる。
ミーナの口から出たものですっかり汚れてしまった制服を水洗いし、ドライヤーを使って乾かしている真っ最中だった。
そのため、ミーナを除く三人は、下着だけで、あとは辛うじて無事だった靴下と、学校指定の革靴という出で立ちになっていた。
「なんで、あたしまで……」
ローレグ一枚で床にあぐらをかくというきわどい姿の京は、やはりドライヤーを握ってぼやいた。
「そもそも
スポーツブラのえみりは頬を膨らませ、頭から湯気をたてて怒っている。目の周りは泣き腫らした跡が生々しく残っているが、どうにか立ち直ったらしい。
それからミーナと京は黙って三人分の制服に熱風をあてていた。
しばらくして、
「ちょっと! なにをなさいますの!」
「ナニって、においがしないか確めているんだヨ」
ミーナはいましもブラウスに鼻を押しあてようとしていたところだった。
「そこまでしなくて結構です!」
「だって、綺麗にしろっていったのナオちゃんだヨ」
「クニオです! あれはあくまで見た目だけの話です!」
「そうだよ、ミーナ」
眉を怒らせて京が諭す。
「こういう時は、もっと肝心な部分をチェックしないと」
ミーナの手の中から肩袖を引き寄せると、その付け根に顔をうずめようとする。
「わきの部分のにおいを嗅ごうとすなァ!」
業を煮やした那緒が、パイプ椅子を跳ね飛ばして立ち上がると、ミーナと京を叱りつけた。
その途端のことだった。
風もないのに、だれも触れていない部室のカーテンが、勢いよく一気に引き開けられた。
「え?」
部活も終わりはじめた黄昏の頃。校門へと向かう生徒たちの下校の波は、第二のピークを迎えようとしていた。
教師たちの姿もまじり、多くの頭が行き交う校庭を眼下にして、そのうちのだれかひとりでもふと見上げれば目のあう場所で、ひとり那緒は下着姿で立ちつくす態勢となってしまった。
「きゃああああああああああああああああああああああああああっ!」
あわてて胸を隠して、その場にしゃがみこんだ那緒の口をついた悲鳴は、果たして羞恥によるものかそれとも恐怖によるものか。
降りた夜の帳に阻まれて、もはや判断できるものはだれもなかった。
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