第44話一八二六年、食欲三

「「「「「おめでとうございます」」」」」


「ありがとう。

 祝ってくれてうれしいよ」


 堅苦しい親戚縁者の祝いの翌日、近習達が俺を祝ってくれた。

 俺が巫覡だと知った父上と祖父が、高須松平家から信頼できる家臣の子供を選んで、俺の遊び相手としてくれたのだ。

 その人数はとても高須松平三万石の規模ではなく、その当時の父上と祖父の心の中に、俺を尾張徳川家の後継者にしたいという想いがあったのだろう。


 父上と祖父が選んでくれた近習達は、俺が余りに早く幼いほどの年齢で力を示したため、結構年齢にばらつきがあった。

 俺が女性しか入れない奥にいる時にも側にいれるように、七歳以下の子供も多数いたし、俺が外に出た時に護衛を務められる剣技に秀でた二十歳前後の者もいた。


 彼らは俺の為に藻屑蟹を集めてくれていた。

 本当は毛蟹や楚蟹を食べたかったのだが、江戸湾では獲れない。

 毛蟹と楚蟹は、日本海側ならどこでもとれるのだが、太平洋側だと茨城県より北でしか獲れないのだ。

 江戸湾で獲れるワタリガニも大好きなのだが、個人的には河で獲れる小型の藻屑蟹の方が味が濃厚で美味しい気がするのだ。


 前世の知識では、藻屑蟹は有名な上海蟹の同属異種で、とても美味しいそうだ。

 河川が公害で汚れていた俺の子供の頃は、地元では食べらないようになっていた。

 だが、高知県の四万十川では高級食材として食べられていた。

 一度どうしても食べてみたいと思っていたので、今日は近習達におねだりしたのだが、近習達から話を聞いた江戸詰の若党鉄砲隊も参加して、数百匹の藻屑蟹を集めてくれていた。


 ただ、気を付けないといけないのは、寄生虫だ。

 河に住んでいる蟹なので、川魚と同じように寄生虫がいるのだ。

 料理の際には、よく火を通さなければ、肺気腫や気胸を引き起こす肺吸虫、ベルツ肺吸虫に寄生されてしまう危険がある。

 

 だから俺はしっかりと塩茹した藻屑蟹を酢醤油で食べた。

 毛蟹や楚蟹とは違う、甘みの強い独特のカニミソが、俺のお気に入りとなった。

 小型のためちまちまと食べなければいけないが、この旨味は忘れられない。

 ついつい一度に数十匹食べたくなっていまうが、今の俺に食あたりは許されない。

 仕方なく三匹で我慢した。

 

 藻屑蟹を生きたまま殻ごとすりつぶして、水にさらしてからザルで漉し、醤油味の汁に仕立てた吸い物をまだ食べていないのだ。

 濃厚な蟹の旨味を十二分に引き出した料理を食べないで、藻屑蟹を堪能したとはとても言えないのだ。


「残った藻屑蟹に南瓜を与えてくれ、

 そうすれば臭みが抜けて今以上に美味しくなる。

 それと次は塩茹でにするのではなく、蒸籠で蒸してくれ。

 蒸籠で蒸した藻屑蟹を、試しに菜種油で揚げてみてくれ。

 毒見して美味しかったら、余にも食べさせてくれ」

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