漫画の女神と文字の男神の恋ゆえに

神々が集う、神在月のある日。


出雲神界の検察の神は言った。


「天は二物を与えず。当然、ご存じですよね」



被告席には、辛うじて神々らしさを残している漫画の女神が立っていた。


女神・・・と言っても、光り輝く女神ではなく、影のある引きこもり気味の女神だった。


漫画の女神は、小さな声で


「もちろんです」


「漫画の神であるあなたは、人に、二つの【才】を与えましたね


画力と物語構成力・・・これは明らかに、神界の法を犯したと言えるのではないでしょうか?」



「見たかっただけなんです!

歓声を上げたくなるような、美しい絵で描かれた面白い漫画を!

その想いを止められなかったんです!」


弁護の神は、漫画の女神を制止した。


「漫画の神、落ち着いて」



検察の神はため息をついた。


「それなら、画力のある者と物語構成力のある者が、コンビを組めばいいだけの事、神である貴女なら、

それぐらいの縁を結ぶことぐらい容易ですよね」


「それとは違うんです!

漫画家の頭の中でイメージされた世界観は、自らの手でしか表現できない事があるんです!

1人の漫画家の絶対領域、他者が入ることが出来ない、その絶対領域からこそ、生まれてくる作品があるんです!

わたしは、そんな作品が読みたいんです」



「そんな個別の事案。神々が考える事ではないでしょう。大切なのは秩序です。

積み重ねられた先例に基づいた美しき秩序こそ、人々を幸福へと導く事が出来る。わたしはそう信じています。」



反論しようとする漫画の神を弁護神は制止した。


「漫画の神よ、少々お待ちを・・・・」


法廷の議論が過熱する前に、弁護神は、漫画の女神に耳打ちをした。


漫画の女神は冷静さを取り戻し、検察の神を見据えた。


そして、


「わたしは、人に二物を与えていません」


「なんと!」


あきれる検察の神に漫画の女神は、


「漫画の絵は絵文字です。すなわち文字です」

「はい?」


「書道家には、文字を美しく描く【才】と、文字列を構成する【才】が与えられております。

ゆえに書として秩序ある美しさが生まれます」


「・・・」


「漫画の絵が文字なら文字を美しく描く【才】と文字列、すなわち物語を構成する【才】が与えられても、

問題はないのではないでしょうか」


「そんな詭弁・・・大体漫画の絵は文字ではない」


弁護の神がすぐに申し立てをした。


「司法の神、参考人招致してもよろしいでしょうか?」


「認めます」



神界法廷に、文字の神が招致された。

文字の男神は、漫画の女神を見るなり、顔を赤らめた。

弁護の神が合図を送ると、漫画の女神は照れくさそうに、文字の男神を見つめた。



弁護の神は知っていた。文字の男神が漫画の女神に恋していることを。



弁護の神は、文字の神に問いかけた。


「神界一の文字の専門家である文字の神から見て、漫画の絵は、文字と考えてよろしいでしょうか?」



文字の男神は、漫画の女神を前にして、


「もちろんですその美しい文字列こそ、人々に幸福をもたらすと信じています」


「書道家に認めてきた先例と同列と言う事ですね」


「その通りです」


            

司法の神の木槌を叩く音が、出雲神界の法廷に響いた。





漫画の女神と文字の男神の恋ゆえに、人間界の漫画家に二物を与える事が出来るように成ったと言う。







おしまい

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