崩壊に次ぐ分断


 地震とは思えないほどの長い揺れに、恐怖心は高まり、美紅は声も出せなくなるほどであった。さすがの実乃利も蒼と匠の手をしっかり握り、その顔からは笑顔が抹消されている。


 本が雨のように降り注ぎ、分厚い本はドスッとい低い音を立てて地面に転がり、それに連なって棚もドミノ倒しに崩れていく。


 本棚が倒れたおかげで、隠し通路のようなものが現れる。蒼がそれを見て、圭吾の元へ行くのは時間がないと判断し、その隠し通路へ向かう。


「圭吾!」


 本棚の隙間から圭吾を見つけ、叫んだ。そして、隠し通路があることと、先に進むことを伝えた。圭吾は倒れそうになりながらも、机を上手く使って進んだ。もう、蒼が壊れる姿を、匠が針の餌食になるのを、美紅が逃げ遅れるのを、実乃利が自分以外の色に染められるのを、圭吾は見たくなかった。魔物なんかにこの絆を砕かれたくなかった。


 元々は圭吾と蒼が仲良しで、そこに彼女になった実乃利、それから美紅が加わり、便乗したかのように匠が輪の中に入ってきて、高校二年生の夏頃にこのグループが確立した。五人全員帰宅部で、放課後はファミレスやら近くのショッピングモールに行ったりと、たくさんの思い出を作ってきた仲だ。たしかに、騒ぐことしか能のない人間の集まりだったかもしれない。しかし、楽しかったという感情は全会一致である。


 その思い出を汚したくない。その一心で圭吾は隠し通路へ向かった。隠し通路への距離が若干近い圭吾が先に通路へ出て、またしても絶望の淵に立たされた。


 通路だと思っていたのに、それは外から見た時だけの話であって、中は広めの部屋になっているだけで、来たところの他に扉らしいものはなかった。


 このままでは、袋の鼠ではないか。そう思い、引き返そうとしたが、圧倒的に遅すぎた。すでに真後ろには蒼がいて、圭吾は出入り口を塞いでいる形になっており、蒼は邪魔だと背中を押す。


 グラッ


 部屋が「揺れる」ではなく、ズレているような動きを始めた。実際に、部屋がエレベーターのみたいに下へと降りてゆき、出入り口が少しず小さくなる。蒼と実乃利はギリギリ部屋に入れたが、出入り口が小さくなりすぎて匠から入れなくなってしまった。


「あっ――匠! 美紅!」


「大丈夫、美紅は任せておけ。外でまた会おう」


 匠は実乃利の手を振り払って壁に挟まれるのを回避する。そして、瞬く間に部屋同士が隔絶され、それでも部屋は止まることなく下へと進む。


「どうしよう……」


「大丈夫だよ。匠、あぁ見えても結構頼りになるから」


 降下していた部屋が石の擦れる音を鳴らしながらゆっくりと止まり、入ってきた扉が他の部屋と繋がり、先に行けるようになった。


 それでも揺れは収まらず、むしろ、さっきよりも、震源地が近くなったようにも感じた。案の定、同じ部屋の片隅で魔物が壁を叩いていた。


「ど、どうするの、この状況……」


 実乃利の表情はすでに曇り切ってしまい、圭吾と蒼にも不安感を与える。実乃利が悪いわけではなく、そこまで実乃利の笑顔に依存していたということだ。そこまで実乃利の笑顔に助けられていたということだ。


「とりあえず、静かに通ろう。電気も消して、壁を伝っていけば他の通路と繋がっているはずだ」


 確信はないが、このまま魔物が去るまでここに居ておくのもそろそろ限界があった。水もそうだが、精神的にも危ないので、一刻も早く脱出したかったのだ。


 三人は電気を消して壁に手を置きながら魔物の背後をゆっくりと歩いた。揺れに足を取られても、壁にもたれてやり過ごし、道を探した。そして、ようやく部屋から出られると思われる扉を見つけた。先頭の圭吾が音を立てないようにそっと押すと、扉の向こうに階段が現れる。一段登る。


 その瞬間、耳が焼けるのではないかと思うほどの大音量で爆発が起こる。扉が弾けるように爆発したのだ。そして、扉の近くにいた実乃利は爆風で飛ばされてしまう。この音に反応した二つの光る目が実乃利を睨みつけた。それと同時に揺れも収まる。


 蒼は少し距離があったため、爆風の影響は受けず、魔物にはバレていないようであった。圭吾は爆発のせいで階段に倒れ込む。起き上がって確認すると、崩れた天井の石が邪魔で引き返すことはできなかった。


 実乃利は遅れて飛んできた石に痛みつけられ、痛いという声を漏らす。魔物は一歩ずつ着実に実乃利の元へと近づく。足音が重低音を奏で、その絢爛な音色に実乃利は魔物の恐怖を思い出した。


 圭吾は確信に近い嫌な予感がした。蒼は恐怖に圧倒され、息もできなくなっていた。




 いつか体験したことのある崩壊。今、目の前に突きつけられている分断。


 どちらも避けるなんて未来は贅沢だ。


 偶然が必然だったりもするのだ。


 いくら記憶を保持した状態で世界線を越えようが、未来は偶然に潜む必然へ向かうのだ。

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