ファイルNo.4
私はただ、幸せと思えるようになりたかっただけだったのに。私は生まれつき顔のバランスが悪く、そのせいで小学校低学年の頃から親の八つ当たりを受けることがあった。
醜い顔だなとか、見ているだけでイライラするだとか言われるのは当たり前で、殴る、蹴るなどの暴力を振るわれた時には自分という存在がどれほど迷惑であるかを教えられた気がした。そして、家庭内暴力が続くと、私は顔と同じように心までもが汚れてしまっていた。気がつけば私は拳を作り、鼻血の垂れた友達の上にまたがっていたこともある。
友達の言動に怒りを抑えられず、殴り倒したのは中学に入ってすぐのことだった。それからは、たくさんのあだ名と共に中学を過ごした。学校へ行けば罵声を浴び、避けられ、それに耐えきれなくなれば拳を作る。そうすれば、先生が私を叱り、また孤独に戻るのだ。
家に帰れば、両親からの嫌味と暴力に耐え続けなければならないという地獄が待っている。奴隷のように働かされ、ゴミのように扱われ、何度自分の人生を恨んだか。
でも、一人の女性として、幸せを手にしたいという願望はあった。しかし、高校では中学の噂もあり、友達もできないし、告白も成功しないし、高校生活もなかなか酷いものでたった。
高校を卒業し、就職する時に私は良い人を装って生きていくと心に誓う。演技と嘘を重ねながら仕事するのは想像以上に困難であった。しかし、幸せになるためにと自分に言い聞かせて根気強く歩いた。
十年も真面目に働いてやっと慣れてきた頃、人生で初めての彼氏ができて、その後、結婚することもできた。私の人生はようやく明るい方へ向かったと思った頃に、事件が起こる。それは、夫にお金を取られ、逃げられてしまったことである。
信用していた夫は、実は結婚詐欺師だったようで、恐怖を感じるほどの巧みな話術と逃走術に言葉は行き場を失い、幸せは一瞬にして、儚く散っていった。私の全てが、翼を失った鳥のように地に落ちて、もう二度とあの青く澄んだ世界で夢を見ることすら叶わなくなった。
私の人生なんて所詮、他人からすればあってもなくてもいいようなもの。そんなこと、心のどこかでは知っているつもりだったのだが、実際に自分が必要とされていない存在だということを突きつけられれば、涙を収めることができなくなってしまう。
せっかく掴んだはずの幸せはまるで、もともとなかったかのように消え、必要以上に絶望という感情を味わった気がする。なぜなら、こんな幸せが舞い降りてこなければ、こんなにも悲痛な思いをしなくて済んだからだ。
絶望の淵に追いやられ、この人生は自分のせいで最低なものになったわけではなく、他人のせいでここまで最悪な人生を歩んでしまったのだと言い張り、家族、友達、恩師、上司、同僚など、たくさんの人を自分の人生における害虫であると決めつけた。その中には神様も含まれていた。
世界的にも有名なお寺にお参りをした次の日に彼氏ができたため、結婚詐欺師と私を結んだ神様も恨んでいるのだ。だから今日、今、この瞬間、地を濡らしながら滲む町を歩き、一度来たことのあるお寺に入った。
鳥居を抜けた辺りで気持ちの制御が困難になり、口から音が出てきてしまう。いくらか嘆きと恨みの気持ちを漏らし、子供のように泣き喚き、自分の報われないという事実から目を背けた。
ゴーン――ゴーン――
鐘の鳴る音によって、涙は恐怖へと変わった。こんな夜遅くに鐘が鳴るはずもないし、鳴らす人もいないのに、どうして鐘が振動する音が聞こえるのか。「神様を怒らせた人は冥界へ連れていかれる」そんな噂を思い出し、身震いと心臓の動きが急に激しくなり、汗が爆発する。
私は神様を怒らせてしまっただろうか。だって神様を恨んでしまったのだから、怒っても仕方ないことだろう。どうせ生きることに希望を抱けないのならば、死んでも文句などない。むしろ、死んで見た目という概念の存在しない、魂だけの世界へ行けるのならば、本望かもしれない。
しかし、そんな甘ったるい考えは手足の生えた賽銭箱によって掻き消された。本堂の裏からひょっこり現れたそれは、こちらへおいでと手招きする。招かれる方へ行ってもいいのだろうかと一瞬考えたが、すぐに怖くなって逃げ出そうと出口へ走り出した。その刹那、私は木造の何かにぶつかった。それがなんなのか理解しようとした時、私は思考が一時的に泊まってしまう。
鳥居。足を空に向け、逆さまになった鳥居が、私の逃走経路を塞いでいた。そしてそれは、じわじわと近寄ってくる。回り込んで、避けようとしたが、私の動きに合わせて鳥居も動く。
そう、私に選択肢なんてなかったのだ。私の人生において、私に選択権があるなんて思っていたが、それは見かけ上の話だ。私はこの顔で産まれた以上、こんな風な人生を送っていくと始めから決まっていて、もしかしたら、この顔で産まれてくることすらも操作されていたのかもしれない。
私の生きている理由なんてなかったのだと今頃になって思う。でも、最後に、結婚できたという夢を見れただけでも私にとっては幸せだったのかもしれない。こんな最低な人生だったからこそ、そう思えたのではないかと思う。
賽銭箱に案内され、鐘の前に連れてこられた。刹那、私は恐怖を感じる間も無いまま、鐘に丸呑みされる。
本日二度目の鐘が鳴った。
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