~大分県大分市~ 終わらないドライブ

無月弟(無月蒼)

終わらないドライブ

 田舎の悪い所は何か。そう聞かれたら、遊べる場所が無いことと答える奴も多いだろう。

 小学生が走り回る、空き地のような遊び場の事じゃない。ある程度成長した若者が、遊べる場所の事だ。

 大型の商業施設も無ければ、ゲームセンターだって無い。それが田舎なのだ。


 とはいえ昔と比べたら、そんな不便さも少しは解消されてきている。


 今は通販サイトで注文したら、欲しいものはすぐに手に入るし、ゲームがしたいならわざわざ出掛けなくても、家でだってできる。そんな時代だ。


 だけどそれでも、やっぱり不便なことは存在する。

 例えば映画。あれは劇場公開されても、自宅で見れるようになるまでは数ヶ月かかるし、映画館でないと、大迫力のスクリーンで見ることはできないもんなあ。

 だから映画好きの俺にとって、近くに映画館が無いのは辛いぜまったく。


 そんな俺が今住んでいるのは、大分県の杵築市。実家に親を残して、数年前からここに移り住んでいる。

 なんだ、言うほど田舎じゃ無いじゃないかって、思う奴もいるだろう。

 まあ近くにはスーパーや本屋、ネット喫茶だってあるもんな。


 けどよう、最新の映画を見るための環境が整っているかって言われたら、そうじゃないだろ。一番近くの映画館まで、いったいどれくらい距離があると思ってるんだ?

 だから俺はどうしても見たい映画があったら、その時は数十キロ離れた映画館まで、車を飛ばして見に行っているわけだ。


 向かう先は、パークプレイス大分。大分県大分市公園通りにある、複合商業施設だ。

 小高い丘の上にあるそれは、県内屈指のお出掛けスポットで、施設内には服屋や食事処、そしてもちろん、映画館だってある。


 ちょっと遠いけど、行けば一日中楽しめる、そんな場所。だけど、だけどなあ……。


 その日俺は昼に出掛けて、映画を二本見て、充実した時間を過ごしたんだけど。まさかその後に、あんな奇妙な体験をすることになるなんて。

 出掛ける前は、考えもしなかったよ。



 ※



 映画を見終わった頃には、もう夜の十時になっていた。

 駐車場に行っても、昼間はたくさんあったはずの車の姿はほとんどなく、ガランと静まり返った様子が、何となく不気味に思える。


 さて、今日はもう、さっさと帰るか。

 この時間だと、道路を走る車の数もだいぶ減っているから、きっとビュンビュン飛ばせる。家に帰りつくまで、そう時間はかからないはずだ。


 車に乗り込んで、エンジンをかける。

 そうだ、先にCDを代えておこう。


 オーディオプレイヤーを操作すると、ダッシュボードから取り出したCDをセットする。

 スピーカーから流れてきたのは、『かぐや姫』の『青春の傷み』。この歌、好きなんだよなあ。


 心地よいメロディを聴きながら、ゆっくりと車を発進させていく。

 パークプレイス大分の敷地を抜けて、道路を走って行く。しかしこの道、ちょっと分かりにくいんだよなあ。

 俺は少し、方向音痴な所があるけど、この辺の道はややこしくて、もう何度も来ているっていうのに、未だに間違えてしまうことがある。明かりの少ない、夜だったら特に。


 それならナビを使えばいいって? けど残念。生憎この車には、そんなハイテクな物は装備されていないのだ。

 車を買う時、少しでも安くしたいってケチッたんだけど、今思えば素直に付けてもらった方が良かったかな。


 そんなことを考えながら、薄暗い道を走らせて行く。

 道路の両脇に木が生えているだけの、殺風景な緩い下り坂を、一台の車とすれ違うことも無いまま、ただもくもくと進んで行く。

 だけどしばらく走って、オーディオから『神田川』が流れ始めた頃、おかしなことに気がついた。


 妙だ。

 いつもならとっくに、街に降りているはずなのに、この薄暗い道は一向に終わる気配が無い。

 もうだいぶ走ったよな? 今オーディオから流れている曲は、たしか6番目に収録されていたはず。今まで流れた歌を、一曲4分と考えると、もう20分も走っていることになる。それなのにまだ着かないなんて。


 これは道を間違えたか? つくづく、自分の方向音痴が嫌になる。

 だけどそれにしたって、20分も走っていたら、どこかに着きそうなものなんだけどなあ。ようし、それなら。


 いったん車を止めると、そのままUターンを試みる。

 このまま走ったところで、どこに着くかなんて分からないんだ。だったらまずは、元いた場所に戻るのが一番だよな。


 さっき通ってきた道を、今度は逆向きに走って行く。

 やれやれ、これは家に帰り着くのは、だいぶ遅れそうだ。この時は、そう思ったけど。


 ……おかしいな。進めど進めど、一向に元の場所に戻らない。

 まるで同じ所をグルグル回っているかのように、薄暗くて殺風景な道は、終わることなく続いていた。


 そうしていうちに、オーディオから流れていた『なごり雪』が終わって、最初に聴いた『青春の傷み』が流れてくる。どうやら走っているうちに、一巡したようだ。


 しかしそうなると、やはりおかしい。このCDに収録されている曲の長さは、全部合わせるとおよそ80分。

 Uターンして引き返したのが、施設を出て20分を過ぎたあたりとすると、あれから一時間ほど走っている計算になる。だったらもうとっくに、戻っていてもおかしくないはず。いや、戻っていないのは、どう考えても異常なのだ。


 途端に、背筋がスッと冷えるような感覚に襲われた。

 冷房がききすぎているわけじゃない。今この車に、説明のつかない何かが起きている。その事がとても恐ろしくて、背筋がゾクゾクする。


 先に進んでも引き返しても、終わることなく無限に続く道。いったいこれは、どういうことだろう? 俺はいったい、どこに迷いこんでしまったんだ?


 見るとガソリンも、だいぶ減ってきていた。

 もしもこのまま尽きてしまったら、俺は一生、この永遠に続く道から、出られないんじゃないか?


 バカな妄想をしてるって思うか? ああ、そうだな。妄想で終ったら、どれだけいいか。

 だけどそれなら、進んでも戻ってもどこにもたどり着けずにいるのは何故だ? ここはいったいどこなんだ。どうして俺は、こんな道に迷い込んでしまったんだ?


 どうして。どうして。

 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして――!


 恐怖が頭の中を支配して、思わず叫びそうになったその時。


 トゥルルルルル! トゥルルルルル!


 うわっ!?


 何事かと思ったら、それはズボンのポケットに入っていたケータイが、鳴り出した音だった。


 び、びっくりしたー。危うくハンドルを切って、歩道に突っ込むところだった。


 どうやら、通話着信のようだ。

 とりあえず車を路肩に寄せて、ケータイを取り出して液晶画面を見ると、そこに表示されていたのは、田舎にいる母の名前だった。


 時刻を確認すると、もう0時近く。こんな時間に電話なんて、何か緊急の用でもあるのか……なんて思ってはいけない。

 うちの母は例えくだらない用事でも、夜中だろうとお構い無しに掛けてくるからなあ。さて、今日はいったい何の用だ? 


 通話ボタンを押すと、馴染みのある声が聞こえてきた。


『もしもし、起きてたかい?』

「母さん。どうしたんだよ、こんな時間に?」

『用って訳じゃないんだけど、なんか今日は、寝付きが悪くてね。そしたらふと、あんたは何してるかって思ったんだよ』

「なんだよ、それだけのために、電話してきたのか?」


 口では面倒臭そうに答える。だけど内心、ケータイを通して聞こえてくる母の声に、安心感を抱いていた。

 さっきまで、まるでどこか別の世界に迷い込んでしまったような気がしていたけど、そんな感覚はもうすっかり消えてしまっていた。

 暢気に喋る母の声が、元の世界に引き戻してくれた。そんな風に思えてくるのだ。


 さあどうしよう。変な道に入って、出られなくなっていることを言おうか? いや……。

 ちょっと迷ったけど、今日は映画を見に行って、今は帰っている途中だということだけを伝えて。最後にこう言った。


「なんか、ありがとな。お陰で、無事に家に帰れるような気がしてきたよ」

『はあ? いったい何の話だい? まあいいや。とにかく、気をつけて帰るんだよ』


 そんな言葉を残して、通話は切れた。

 何があったかなんて知らない母さんは、当然ピンときていなかった様子だけど、それでも良いんだ。余計な心配を、掛けたくないしな。


 それに、何故か分からないけど、俺には確信があった。今ならもう、あの無限に続く道から、抜け出すことができるんじゃないかって。

 根拠なんて何もないけど、何故かそう思えたんだ。もしもまだ抜け出せないようなら、その時また電話すればいいや。


 で、それから再び車を走らせると、さっきまで延々走っていたのが嘘みたいに、元いたパークプレイス大分まで戻ることができた。それはもう、ビックリするくらいあっさりと。


 そしてまた、家に帰るために車を発進させる。

 もしかしたらまた、あのへんな道に行くんじゃないかって不安が、全く無かったわけじゃないけど。今度は何事も無く、町まで降りることができた。


 車の少ない夜の町の中を、ただひたすらに走って行く。大分市内を抜けて、別府を通って、自宅のある杵築市までビュンビュン飛ばして。

 家に帰り着いた時には午前1時になっていたけど、ようやく帰って来ることができたんだ。


 結局、あの延々と続く道が何だったのかは分からない。単に道を間違えただけかもしれないし、もしかしたらこの世とは違う、異世界にでも迷い込んでいたのかも?


 もしもそうだったのだとしたら、俺が元の世界に戻れたのは、母さんから掛かってきた電話のおかげなのだろうか? 本当のところは、何も分からない。


 だけどもしもまた、普通じゃないおかしな場所に迷い込んだら、その時は誰かに電話しよう。実家でもいいし、仲のいい友達に掛けるのでも良い。

 心を許すことのできる誰かと繋がる事で、見知らぬ世界に引きずり込まれても、戻って来ることができるのかもしれないのだから。


 こんなものは全部、ただの妄想なのかもしれない。だけどあの日以来俺は、そう考えるようにしている。

 皆ももし同じような事が起きたら、その時は誰かに、電話でもしてみろよ。

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