第110話 うめしゃき? ひしゃの? なわけで

 登校するときより、1人多くなって帰ってきた俺たちは、母さんの在宅を確認するとひなみと母さんはダイニンテーブルに向かい合って座る。


 俺は母さんの隣に座らされ、トラと夕華はリビングにあるソファーに座って俺たちの方を見ている。

 てっきり母さん、俺とひなみで話をするのかと思っていたが、ひなみは全員いて欲しいと要求したのでこういう配置になったわけだ。


 今回の話し合いにあたって、ひなみは俺を病院に連れて行く為、不具合の一部を明かすこと、所有権の譲渡をお願いすること、これら全て丸く収める、だから私に任せろと言われた。


 母さんと気さくに挨拶したひなみだが、母さんなりに感じとるものがあるらしく笑いながらも目は真剣だ。


「回りくどい言い方しても仕方ないんで言っちゃいますけど、心春ちゃんを私にください」


 笑顔でサラリと、娘さんを下さいみたいなことを言うひなみにトラは目を丸くして驚き、夕華は真剣な目でことの成り行きを見守っている。


 母さんは、表情を変えず静かにひなみを見る。


「心春ちゃんを一度でもメンテナンスに出したことあります? 私の専門じゃないんで断言できないですけど、心春ちゃん調子が悪いはずです。


 思い当たる節ないですか? 例えば、皿洗いをしたときに皿をよく落とすとか、何でもないところで転けるとか?」


 母さんの眉がピクッと動く。思い当たる節があるからこその反応。そう俺はなんでもないところでよく転けて、皿を時々落としてしまう。皿の方は左手を使うことで落とすことはあまりなくなったが。


「当初の予定だと、心春ちゃんを作ったトラくんにメンテナンスをしてもらう予定だった。


 でも、雷に打たれ記憶の一部に混濁のあるトラくんは上手く出来てない。違いますか?」


 ひなみはトラを少し冷たい目で見ると、トラは萎縮してしまう。母さんもトラをチラッと見るがすぐにひなみに視線を戻す。


「そこでです。私が心春ちゃんを専門の病院へ連れていこうと思うんです」


「……それは分かったけど、なんで心春ちゃんをひなみちゃんに渡さないといけないのかしら?」


 母さんがちょっぴり威圧的に聞くが、ひなみは全く気にした様子もなく、サラリと答える。


嘉香よしかさん、アンドロイドって一般的に企業が売りに出しているものを買います。

 買った後は定期的にメンテナンスを受ける為に、そのメーカーに出して検査をします。これは法律で定められていませんので、任意のことになるんですけど、長く一緒にいたいですから大体の人は出します。


 で、心春ちゃんの場合は個人でアンドロイドを作った、作った本人がいる訳ですから自分でメンテをするのが基本。でも今回はそれができていない」


「……だったら、私がメーカーに心春ちゃんを連れて行って診てもらえばいいんじゃない? メーカーが違っても検査位はできるでしょ。電気屋さんに簡易チェックができる機械だってあるわけだし」


「メーカーが診てくれるのは、原則自分たちが売り出したアンドロイドのみです。他の有名メーカーでも診てくれないことはないですけど、個人で作ったアンドロイドはほぼ断られます」


 即否定され、ムッとした表情の母さんだが、ひなみの言葉を待っているのは、口で何を言っても敵わないのを知ってての行動かもしれない。


「ですが、個人的、営利目的ではない研究施設、例えば大学とかならその限りではありません。


 まず大前提として、心春ちゃんの名義を私にします。これは、大学の所有する研究施設を利用するには、大学関係者しか使用できない為です。

 あくまでも、検査を受ける為の名義変更です。名義を私にしたからといって、心春ちゃんを連れていくなどして、今の生活が変わることはありません。


 ただし一つだけ! 名義を変えたことで私に心春ちゃんの身体をどう扱うか、強制的に決定する権利があることは伝えておきます。

 そして心春ちゃんの為に必要だと判断したら、私はその権利を使います」


 ひなみの提案に乗るしかない事実を突き付け、選択肢がないことを知らしめさせた上で、あえて嘘はつかず、ほぼ真実を話し誠実さを見せ信用を勝ち取る。


 そしてひなみは母さんと向き合って話しているが、少し攻撃的な口調なのは遠回しにトラにも向かって言ってるからだと思われる。


 トラがそこに気付いているかどうかは分からないが、反論する余地がないのは分かるらしく下を向いて黙っている。


「もう一度言いますけど、心春ちゃんもこの家にいるのが一番だと思いますから、連れていくようなことはしません。

 ただ、心春ちゃんの体の為にも、名義を譲ってもらえませんか?」


 ひなみが頭を下げお願いする。そんなひなみを見つめ母さんは黙って考えているようだ。

 やがて俺に視線を移し目を合わせてくる。母さんの瞳に映る俺を見つめながら俺が頷くと、母さんも小さく頷き、次にトラに視線を移し、ひなみに視線を戻すと、


「分かったわ。心春ちゃんのこと、ひなみちゃんに任せるわ」


 ひなみは真剣な表情で、立ち上がるともう一度頭を下げる。


「突然来て、無理言ってすいません。

 このことは心春ちゃんの意思を尊重した上で進めます。嘉香さんたちにも、きちんと経過報告はしていきますから、安心してください。


 流石に今すぐ手続きはできないんで、明日にでも進めます。後で必要なものをメールで送りますね。


 では、今日はここで」


「ええ、お願いね」


 立ち上がったひなみが俺の頭を優しく撫でてくれる。これで明日には俺の所有権がひなみに移ることになるわけだ。


 そういえば、所有権が移ったら俺の名字って『梅咲』から「久野」に変わるんじゃ。なんか婿? 嫁? 入りする感じだな……まあ、今はあんまり気にしないでおこう。


 ひなみを見つめながらそんなことを思っていると、俺をひとしきり撫でた後ひなみはトラのもとへ行ってしまう。


「トラくん、ちょっといい?」


「え!? はい」


 ひなみに話し掛けられるとは思っていなかったみたいで、トラは慌てて頷く。なにやら2人で話したいみたいで、俺らに断りを入れるとトラを廊下に出るように促し出ていく2人。


 そういやひなみって誰にでも基本明るくて気さくなんだけど、トラに対してちょっと当たりが厳しい気がするんだよな。

 何を話すんだろうと、出ていった2人を気にしながら待つ俺の手を夕華がきゅっと握ってくる。


 俺のことを心配そうに見つめる夕華に優しく微笑む。


「大丈夫でしゅよ。ちょっと病院に行って治してくるでしゅ」


 優しく頭を撫でると小さく頷く夕華。そのまま母さんを見て「大丈夫でしゅから」と言うと、少しだけ微笑みながら頷いてくれる。


 俺は右手に感じる夕華の感触を確かめながら優しく撫でる。 


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 次回


『検査結果はスムーズに』


 ひなみさんが登場すると、文字数が多くなります。理屈っぽすぎるところは大分削ったのですが、うむぅ~難しい。



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