第108話 付き合いたてのカップルはうざく感じるわけで

 來実と珠理亜の変化に誰しもが驚き、トラとの関係に変化があったことに感づくわけだが、驚いていたのは本人たちも同じようで、休み時間になって來実が珠理亜の元にやってくる。


 來実から珠理亜のところへ向かうことなどほぼなかったので、この時点でもかなりの驚きが教室を駆け巡る。


 來実が鋭い目付きで珠理亜を見ると一言。


「ちょっといいか?」


「ええ、良いですわ」


 静かに立ち上がった珠理亜がきな子さんを待機させ、來実と教室から出ていく。


 その緊迫簡漂う様子を固唾を飲んで皆が見守っていた。


 2人が出た後、本当は今から何が始まるのか、このワクワクを共有したい! ワッと騒ぎたい!

 だが、きな子さんがいる手前、騒ぐことも、野次馬根性を見せ2人を追いかけることもできなくて皆ソワソワしている。


 これを見越してきな子さんを置いたのなら、恐るべし珠理亜である。



 * * *



 教室から少し離れて、人の影がまばらになる階段の前まで來実と珠理亜は無言で歩くと、珠理亜の方が先に口を開く。


「來実さん、髪を切ったのですね? 色は染めて?」


 先に話し掛けられ、來実は少し驚きの色を見せつつも、恥ずかしさがまさった笑顔で答える。


「まあな、ちょっと気分変えたくてな。それにやりたいこともできたし」


「そうですのね。わたくしも同じですわ。気分転換を兼ねて、現状を楽しむ余裕を持とうかと思ったのですわ」


「現状を楽しむねぇ、私にはない感覚だな。お前凄いな」


「そんなことないですの。強がってるだけですわ……


 それより用事があるんじゃなくて? 髪型を誉めていただけるのが用事なら嬉しいですわ。來実さんも似合ってますわよ」


 口許を押さえクスッと笑う珠理亜を來実が呆れたよう笑みを浮かべ見ながら、ため息をつく。


「はいはい、お前も似合ってるよ。

 でさ、用事っていうか、頼みなんだけど、そのさ……」


 ちょっとだけ間を置くが、直ぐに意を決した表情になると、頭を深々と下げる。


「私に勉強を教えてほしいんだ!


 私さ、楓凜さんが通っている桜花おうか大学に入ろうと思うんだ。それで、やりたいことと照らし合わせて色々調べて、工学部に入りたいって思ってさ。

 そこを目指してる珠理亜なら何を勉強して良いか教えてもらえるかもって思ってな。


 厚かましいお願いなのは分かってる。今の私が知る限り頼れるのお前しかいなくて」


 珠理亜は、突然頭を下げる來実に驚くが、僅かに微笑むと静かに口を開く。


「桜花大学に入りたい、その決意は心春さんのことが関係してますの?」


「あ、ああそうだ」


 來実の言葉に息を吐いた珠理亜は少し鋭い目付きで尋ねる。


「前に女子会で心春さんの調子が悪いから、それを治そうと考えてるのでしたら止めはしませんわ。


 ただ、あの子はわたくしたちにとってあまり会いたくない人物ではなくて?

 会ってしまうと、どうしても思い出さないかしら? 梅咲虎雄さんのことを。


 それを押しのけてまで心春さんを助ける意味ってなんですの?」


「あいつは、私を心配して迎えに来てくれたんだ。それ以前から気に掛けてくれて……いや、違うか。


 私が心春のこと好きだから。あいつが困ってるなら助けたい」


 來実が真っ直ぐな瞳で珠理亜を見る。


 見詰め合う2人の間に緊張感が走るが、珠理亜が笑いだしその空気は崩れる。静かに笑う珠理亜を見てキョトンとする來実。


「いえ、ごめんなさい。気を悪くしないでほしいですわ。來実さんがそんな真剣にお願いしてくるなんて、少し前に注意して喧嘩したことを思い出したら、信じられないなって思ったんですわ」


 珠理亜が手をさし出す。


「來実さんがやる気になっていますのに、断る理由はありませんわ。もちろん、お受けいたしますわ」


「あ、ありがとう。よろしくたのむ」


 差し出された手を握る來実が喜びの表情を見せる。


「ところで、來実さん。成績は学年でどの程度でしょうか?」


「え、あぁ……下から数えた方が早い……」


「……覚悟はよろしくて?」


「ひっ……あ、や、やってやる! ああやってやるさ!!」


 階段の前で來実と珠理亜が友情を育み始めたとき……



 * * *



 來実と珠理亜と入れ違いで教室に入ってきたのは彩葉である。クラスメイト以外の人がいると言うのは目立つものである。まして下級生の子は注目の的である。


 そんな視線はあまり気にする様子もなく入ってきた彩葉がトラの元へ来る。


「トラ先輩、今日の昼休みのこと覚えてます? 私、図書室に行ってから行くっての。確認のメッセージ送ったのに既読にならないから来ちゃいました。っておぉ!? この子がこの間先輩が話してた夕華ちゃん? 私、茶畑彩葉よろしくっ!」


 トラに夕華にとバタバタと忙しそうにする彩葉に、指摘され慌ててスマホを確認するトラ、キラキラした目で彩葉を見詰める夕華。


「存じています! トリャお兄ちゃんの恋人さんの、いりょはさまですね! お兄ちゃんの恋人ということは、未来のお姉さん、いりょはお姉さんとなる方ですね!」


「は、話が飛躍しすぎ! まだそんなんじゃないしっ!」


 この彩葉と夕華の会話でクラスメイトの反応は大きく4つに別れる。


 舞夏まいかを初めとする、へぇ~と思いつつもあまり興味ない組。


 右田みぎたさんを初めとする興味津々で耳が大きくなっている組。


 男子に多い、トラが付き合っていることを知って嫉妬心バリバリ組。


 やぶとか変態どもの、夕華に「トリャお兄ちゃん」とか呼ばれていることに対して嫉妬狂いしている組。


 俺? そうだな……



「ごめん、メッセージ確認してなかった」


「もうっ、そんなことだと思いました。図書室のこと覚えてました?」


「う、ごめん。忘れてた」


「まったくぅ、まぁ正直に言ったので許してあげましょう」


「ありがとう! やっぱり彩葉は優しいね!」


「ほ、誉めてもなにも出ませんよ。あ、そうだ今日のお弁当、この間トラ先輩がリクエストした肉団子の甘酢餡掛け作ってみたんです」


「本当に!? ありがとう。お昼休みが楽しみだなぁ」





 …………うぜえ



 ────────────────────────────────────────


次回


『アンドロイドも病院は嫌いなわけで』









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