第98話 告白なわけで
〈8月24日 15:30〉
俺は電気製品のパンフレットを抱え商店街から家へと帰る。
玄関を開けると、音を聞き付けて夕華がトテトテと迎えに来てくれる。
「お帰りなさい、こはりゅお姉ちゃん」
「ただいまでしゅ」
数回しかやっていないやり取りだが、迎えに来てくれる夕華が可愛くてたまらない俺のテンションは上がる。
「夕華、明日一緒に髪留め買いに行きましぇんか?」
「本当ですか! 嬉しいです!」
手を広げて喜ぶ夕華を見て、嬉しさマックスの俺は、ふと玄関の靴が一つ足りないことに気が付く。
「トリャはお出かけでしゅか?」
「トリャお兄ちゃんは、お隣の來実さまが話があると来られて、一緒にお出掛けました」
「くりゅみに?」
俺は首を傾げ、数時間まで一緒にいた來実のことを思い出す。
トラを呼び出す話とはなにか? 俺の体のことなのではなかろうかと一瞬不安が過ったが、來実の俺を見る目を思い出して否定する。
優しくも寂しい目は、もっと違うものを感じる気がする。
來実のことを考える俺は、少しテンションの高い夕華に手を引かれ、リビングへと向かう。
* * *
〈同日 同時刻〉
ブランコに座る來実。金髪の髪の根本が少し黒いことに、地毛は黒いのだということをトラは知る。
「なんだよ、ボーッとしてないで座れよ」
來実に促され、トラは隣にあるブランコに座ろうとする。
「うわわっ」
鎖2本で吊り下げられている板に座ることに苦戦するトラ。
「なにやってんだお前? ブランコ初めてってわけはないだろ。昔はもっと危険な乗り方して自慢してただろうに」
「そ、そうだったっけ?」
ブランコの鎖をガチャガチャと音を立てながら、乾いた笑い方で誤魔化すトラ。
「お前ってそんなやつだったんだよな。人と仲良くしようって気のない、自分で何でもできるから近付くな! って感じのやつかと思ってた」
來実の話を黙って聞くトラ。
「お前さ、珠理亜と彩葉、それに楓凛さんに告白されたんだろ?」
視線を合わせずブランコを軽く揺らす來実の問いにトラは「うん」と小さく頷く。
相変わらずブランコを軽く揺らす來実は黙って何処かを見つめる。
沈黙が続く中、キイキイと鎖を軋ませブランコを小さく揺らしていた來実が、大きく一漕ぎすると軽くジャンプして着地する。
「虎雄、お前何かやりたいことあるか?」
「やりたいこと?」
トラは自分に背中を向けたままの來実に聞き返す。
「私はなんとなくだけど、見付かった気がする」
來実はトラの方へ振り返ると近付き、拳で軽くトラの肩を押さえると、優しく睨む。
僅かな沈黙の後、トラの瞳に映る來実が寂しく笑う。
「お前さ、好きな人がいるなら、その気持ちを伝えろよ。
そいつをあんまり待たしてやるな。勇気を持って告白したやつにいつまでも思わせ振りな態度とるなよ。
そしてもっと身近なとこに目を向けろよ」
最後にグッと拳に力を入れてトラの肩を押すと、背中を向ける。
「く、來実さんは……」
ブランコから立ち上がったトラが來実に手を伸ばすが、振り払われる。
「あ? 言ったろ、私はやりたいことができたって。
それにな……グジグジと悩んでいるお前が私は嫌いだ。ちょっと前ぐらい積極的な方が、良いと思うけどな。
じゃあな、もっと素直になれよ」
背中を向けたまま手を振って來実はトラから離れていく。
その背中を見つめ立ち尽くすトラには、
「私に言われたくないだろうけど」
と呟く声は聞こえなかった。
* * *
〈同日 17:30〉
「家にはまだ帰らないんでしゅか?」
俺は、まだ日の高い空の下で川沿いの土手に座って顔を伏せる少女に話しかける。
無言で伏せたまま首を振るその子の横にちょこんと腰をおろす。
「最近元気ないって、
俺の言葉でゆっくり顔をあげたその子の目は赤く腫れ、目の下にはクマができている。
さっきまで泣いていたのだろう、頬にはまだ涙が残っている。
俺と目が合うと、必死で堪えているのだろうが、押さえきれず涙がこぼれ、頬を新しい涙が伝う。
「トリャが言ってたでしゅ。自分のせいで、くりゅみを、
ぼろぼろ涙をこぼし始める來実は首を横に振る。
「何を言ったかはトリャから聞いたでしゅ。くりゅみは、それで良かったんでしゅか?」
俺の問いに否定も肯定もせず、震える口で必死に言葉を、紡ぐ。
ときにえずきながら、ゆっくり、必死に俺に伝える來実の言葉にうなずきながら丁寧に聴く。
トラの心が、自分に向いていないことが分かるということに始まり、珠理亜、彩葉、楓凛さんと話して自分には無いものを3人が持ってると感じたこと。
3人が告白したことを聞いて、このままの関係を続けるのはいけないと思ったことを語ってくれる。
まだ涙の止まらない來実を見ながら俺は思う、
(3人の話を聞いて、思い立って、その日のうちに実行に移すとか……あぁ、そういやこんなやつだったか。小さいころから不器用で、真っ直ぐで優しいやつだったな)
「梅しゃきトリャおって男は見る目がないでしゅね……こんな近くに、こんなに
わたちが男なら惚れてましゅよ」
涙に日の光を宿し俺を見る來実は、少しだけ驚いたような表情を見せる。
「でも本当に良いんでしゅか? 気持ちを伝える前に身を引いても」
來実は腕で涙をそっと拭う。
「いい……私が肩を押したとき、あいつの目は……戸惑い……私が言う言葉にどう答えようか戸惑う目……あぁ私じゃないなって」
「まったっく……あいちゅは、ホント失礼なやつでしゅ!
フンッと怒る俺に來実の表情が少しだけ緩む。そしてごしごしと乱暴に目を擦る。
「心春……ありがと」
「わたちはなんにもしてましぇんよ。しゃて、お母しゃんに無理言って出てきたでしゅ。しょろしょろ帰らないといけないでしゅ」
俺は立ち上がってパンパンと洋服についた土をはらう。
「なあ、なんで心春はここに私がいるって思ったんだ」
「ん? なんとなく、そう、なんとなくでしゅ」
俺は來実に手を差し出す。
* * *
「ほりゃ、一緒に帰るでしゅよ。どうしぇ家は隣でしゅから。
くりゅみの、お父しゃん、お母しゃんに、お姉しゃんも心配してるでしゅ。
心配してくれる人が沢山いるんでしゅから、ちゃんと謝るんでしゅよ」
心春の差し出した手を握る來実は、幼いころ姉と喧嘩して家を飛び出した自分を迎えに来て、そんなことを言った男の子の面影を心春に重ねてしまう。
來実の視線に不思議そうに首を傾げる、目の前の幼い出で立ちの少女に笑って「なんでもない」と言って立ち上がると、手を繋いで一緒に同じ方向へ、お互いにとって、とても近い家に向かってそれぞれ帰るのだった。
────────────────────────────────────────
次回
『心春は心春で、トラはトラなわけで』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます