第78話 心春のことなわけで

 トラが楓凛さんと海に行く、そんな話になる前に、俺はひなみと海に行くことが決まっていた。


 元気のなかったトラは、楓凛さんに海に誘われ、少し元気になった気がする。

 一応、珠理亜の告白や、恋愛相談するのは絶対にするなと念を押しておく。

 何度も頷くトラに、不安を感じつつも俺は自分のことを考える。


 トラに対し、どや顔で恋愛について話していたあの日、ひなみの文字が光るスマホを前に恐怖した。

 トラに聞かれたくないから廊下に出て、ビクビクしながら電話に出ると、


「ヤッホー、心春ちゃん!! 水着! 水着を着ようぜ! よーし! また私が着させてあげるからねっ? ねっ?」


 ブツッ


 変態との通話を切る。


 すぐにかかってくる着信に、放置していたら家に突撃してきそうな気がした俺は、しぶしぶ出る。


「なんでしゅ?」


「おー、なんか不機嫌だね」


 いや、お前のせいだと言いたいのを、我慢して聞く。


「要件はなんでしゅか?」


「水着! 水着といえば海! 海に行こうぜ心春ちゃん!」


「嫌でしゅ」


「そー言うと思った! でも大丈夫! 私全然めげないから!」


「ちょっとはめげろでしゅ! 大体、人のちゅごう都合と気持ちを──」


「心春ちゃんの悩み、聞いてあげようと思ったのになぁ」


 !? さっきまでの軽いトーンから、突然悲しげなトーンで言われ言葉に詰まる。


「ふふふふふ、心春ちゃん何か悩み事があるね、お姉さんが聞いてあげるから話してみなさい」


「な、なんで……」


「なんで分かったかって? そんなの簡単じゃない。この世には、悩みのある人とない人の2種類しかいないの。ありますか? って聞かれがあき、動揺するということは、悩みがあるってこと」


 や、やられた……この人は油断ならない。アホみたいなことを言いながら油断させ、人の心の隙間に入ってくる。

 だがこうなったのも、何かの縁かもしれない。正直このまま一人で悩んでいても解決しない気がする。変な人だが、根は優しいし親身になって聞いてくれるかもしれない。


「直接あって話せましゅか? しょの、あまり聞かれたくないというか、こっしょりと」


「オッケ~!! じゃあ、海に行こう!」


「聞いてましゅ? なんでしょこから、海に行くことになるんでしゅか。おかしいでしゅ!」


 本当にこいつは人の話を聞いていながら、自分のペースに持ち込んでいきやがる。悩みを相談すると言った手前、断りにくい。


「うぅぅ、気は進まないでしゅが分かったでしゅ」


「へえ、その感じ本当に悩んでるっぽいね。水着は外せないけど悩みはちゃんと聞くから」


「水着はやめてほしいでしゅ……」


 俺の願い事は届くことなくひなみと海に行くことになるのだ。



 * * *



 ひなみと海に行く日はやって来る。それは奇しくも楓凛さんとトラが海に行く日とかぶる。

 先にトラを見送った後、車でやって来たひなみ。

 猫足よろしく、しなやかな乗り心地を提供してくれる外車、プジャー208。その車から颯爽と降りてくるひなみが、ちょっとカッコいいのが悔しい。


 母さんに挨拶して車は走り始める。


「むぅ、ミッションなんでしゅね。今の時代に珍しいでしゅ」


「まあねぇ、なんか好きなんだよね、私頑張ってる! って感じするし」


 よく分からない理由だが、車の免許取ったら、古い車レストアして乗ろうかなって夢があったから、大切に乗っているのが分かる、ひなみの車は好感度が持てる。


「心春ちゃん、今日も可愛い服来てるね。嘉香よしかさんチョイス?」


「そうでしゅ、お母しゃんが選んでくれたんでしゅ」


 そう言う俺の格好は、


 サファリハット(薄いピンク)、ワンピース(白)、サンダルである。


「うん、うん似合ってる。ワンピースってことは水着は下に着てきたってことか……チッ」


「チッ、ってなんでしゅ! ひなみに着替えしゃせられるなんて、かんべんでしゅから着てくるに決まってるでしゅ」


 前回の試着室で、ひなみに水着を着させられるという屈辱を忘れはしない。


 ブーブー文句を言うひなみに、ニヒヒと笑う俺を見てひなみは言う。


「よし、よし、まだ余裕はありそうじゃん。心春ちゃんの話は、じっくり聞いたげるからまずは海に行こうよ」


 こういうところが、ひなみの恐ろしいところであり、頼もしいところでもある。

 ひなみの性格から恐怖のドライブになるかと思いきや、乗り心地のよい運転は本人らしさを表しているようだ。


 窓から外を流れる景色を見ながら、物思いにふける。免許は持ってはいるが、母さんは運転をしない。家族で出掛けた記憶もあんまりないし、車自体久々だ。

 ひなみの車を気に入った俺は外の景色を楽しむ。


 段々と家や店などの建物が減ってきて、開けていく風景。道路案内の標識やお店の案内の立て看板などが、海が近付いてきていることを知らせてくれる。


「心春ちゃんもう少しで着くよ」


 ひなみに声をかけられ正面を見ると、遠くに青い海が見える。


「海楽しみ、でもね私は心春ちゃんの水着の方が楽しみなの。ちなみにさ、今着てる水着って、この間私が選んだやつだったりする?」


「楽しみってなんでしゅかそりぇは……水着はひなみが買ってくれてものでしゅ。着てこないとうるさそうでしゅから着てきたんでしゅ」


「やったねっ! なんだかんだ言ってるけど着てくれるし、素直じゃないな、ほんとにもー。このツンデレ幼女っ!」


「うぶっ、うぶうぅ、やめ、やめやがれでしゅ! 前見て運転するでしゅ! 目的地ちゅくまで気を抜くなでしゅ~うぅ!」


 俺の頬を突っつき、目的地寸前で挙動のおかしくなる車に、ひなみらしさを感じつつ、不安を感じるのだった。



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 次回


『心春の悩みなわけで』


 車や電車の窓を流れる風景を見るのが好きな私です。


 御意見、感想などありましたらお聞かせください。






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