侍、悪役令嬢にかく転生せり

@neko-no-ana

第1話 最後の侍

 木造の建物が立ち並ぶ京の街は燃え続け、夜空を赤く染めていた。

 遠くで大砲の音が鳴り響き、止むことがない。

――あそこで多くの仲間が命を失っている。早く合流せねば!

 乾鉄造は、死んで横たわる幼なじみの真之介に手を合わせると、刀で真之介の袴の一部を細長く切り取った。そして、右太股のパックリと開いた怪我の部分をギュッと縛る。

 痛みは麻痺しており、幸い出血も大したことなかった。

 試しに二、三歩歩いてみる。

――いける! まだ戦えるぞ!

 鉄造が歩き始めると、後方から全力で追いかけてくる者がいた。

「おい鉄造、見つけたぞ! ちょい待て! 待てと言うとるがや!」

「龍馬……」

 坂本龍馬は鉄造を追い抜くと、行く手に立ち塞がった。

「おまん、あそこが今どうなっちょるか、知ってて行くんかい!」

「ああ」

「あそこはな、まことの地獄ぞ。ただただ死にに行くだけじゃい!」

「ここもそうだろ。そこに転がっているのな、真之介だよ」

「何じゃと!」

「さっきまで、大砲の玉はこっちに降っていたからな」

「まさか……これが真之介」

「爆風に吹き飛ばされてな……剣の一振りもせずに。俺達は……俺達は何の為に剣の腕を磨いてきたんだ!」

「仕方ない。仕方ないんじゃ。それがこれからの時代、これからの戦争なんぜよ」

「砲撃は北を向いている。南町から近付くなら今だ。あの大砲を撃ってる奴らを、一人でも多く叩き斬ってやる!」

 龍馬は懐から拳銃を取り出し、鉄造に銃口を向けた。

「行くな、鉄造! もう剣の時代は終わるんじゃ。おまんはこれからの日本に必要な人間。死んだらいかん!」

「いや、必要ないだろ。剣と槍でしか戦ができぬ者など」

「……おまん、前にわしの貸した本、面白い言うとったじゃろ。西洋の貴族が通う学校の話じゃ。心優しい娘を意地悪な娘が散々イジメてな、終いにゃ殺そうする話じゃ。最後は意地悪な娘の悪事が全部バレて、監獄へ送られるちゅう……」

「何を言っているんだ? こんな時に」

「そんな物語の舞台になった国に、おまんは行きたい、行ってみたいと、そう言うたじゃろ?」

「ああ、言った。言ったが、それがどうした?」

「国王と王妃でありながら国民から吊し上げられ、ギロチン台で首を落とされた仏蘭西の話をしてやったら、おまんは死ぬまでに一度、その『べるさいゆ』ちゅう宮殿に行って自分の眼で見てみたいと、そう言ったじゃろが!」

「言ったと言ってるだろ。だから、それがどうした?」

「この国は間も無く開かれる。それはもう、幕府じゃろうが仏じゃろうが止める事はできん。生きて金さえ積めば、誰でも世界中のどこへでも行ける時代がそこまで来とるちゅうに、おまんはここで死んでいいんか?」

「……俺は、君主に尽くす為に生まれ、死ぬ為に生きてきた。ここで命を長らえる事は、俺の人生を否定する事だ」

 鉄造は再び歩き始めた。

 龍馬が鉄造の足元を狙って射撃する。轟音が響き、踏み出した足すれすれに火花が散ったが、鉄造は構わず歩き続けた。

 龍馬はもう一度拳銃の撃鉄を起こしたが、二発目を撃つことは無かった。

 鉄造は龍馬の真横で足を止める。

「龍馬……お前には感謝している。お前は、井戸の中の蛙だった俺に、世界の広さを教えてくれた。ありがとう」

「人は……人は幸せになる為に生まれてきたんじゃないんかい……」

 龍馬の眼から、悔し涙が流れていた。

「そうだな。もし生まれ変わる事ができれば、次はあの物語の主人公のように、幸せな結婚というのをしたいものだ。龍馬、この国を頼む……」

 鉄造は、大砲が上げる火柱に向かって歩いて行った。

 龍馬はただ立ち尽くし、流れ落ちる涙を拭う事もしなかった。



 後の世に京刻戦争と呼ばれる、実質的に武家社会の終焉を決定付けた戦いは、僅か一晩で近代兵器を揃えた討幕軍の勝利に終わる。

 次の日、龍馬は鉄造の遺骸を探しに、まだ火薬の煙が立ちこめる京の街をさまよった。そして、討幕軍が主砲として使用した大砲の前で、土手っ腹に大きな風穴を空け、大の字で倒れている鉄造を発見する。

 その様子から、己の身体を栓に大砲を暴発させようとして失敗したことが推測できた。

「鉄造……ほんに無茶ばっかりしよる……」

 顔には不思議なほど傷が無く、右手はしっかりと剣を握り締めている。

 その死に顔は、龍馬には満足げに見えた。

「……おまんは、まっこと最後の侍。ラストサムライぜよ……」

 龍馬は、鉄造の胸に一冊の本を置く。生前、鉄造が好きだと言っていた、あの西洋の本だ。

表紙に『公女シルビア』と書いてあった。

 お伽話では正義と悪が分かりやすい形で存在し、最後に悪は見事な形で破れて聞く者の溜飲を下げる。

 しかし、現実の戦争に正義も悪も無い。ただ、時代の波に飲まれ、殺し合いをするのみだ。

「生まれ変わったら、次こそべっぴんの嫁さん娶れるよう祈っとるぞ……鉄造よ」

 龍馬は空を見上げた。天も泣いているかのように雨が降り始めた。


 龍馬はその後、新政府の設立に奔走するが、恨みを持つ旧幕府の残党により暗殺される。

 鉄造の死から半年後の事だった。

 その死に様は鉄造とは逆で、脳天を叩き斬られ脳髄が飛び散る凄惨なものだったが、身体には一つの傷も無かったという。

 江戸城が無血開城され、一つの時代が終止符を打つのは、坂本龍馬暗殺より四カ月後の事である。

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