06.「暮れなずむ花の町と、『花の都亭』」

『わぁ〜、すっごい綺麗〜! これが地上の景色なんだね、トーヤくんっ』


「そうですね……とても、綺麗な眺めです」


「夕陽に照らされた『花の町』、か……ふふっ、ノスタルジックな景色だな」


「……そうね。私も……美しいと感じるわ」


 夕陽に照らされた"花の町"フロリアの景色は本当に綺麗で……。

 金色の光の陰影の中で、キラキラと輝く花々――

 言葉では言い表せないような素敵な景色が、目の前に広がっていた。


 ――きっと、みんなで見たこの景色は、一生の思い出になるだろうな……。

 そんな沈みつつある夕陽を背に、僕たちはフロリアの市場を後にしたのだった。



  ◇



 そして――暮れなずむフロリアの町を歩きながら、僕はふと考えるのだった。


 フロリアの市場での出来事は、僕にとって貴重な経験だった。女の子との買い物――暗殺ばかりしていた僕には、ちょっと馴染みのないものだったけれど……やはり、難しいな。けれど、楽しかった。


 そしてもう一つ気がかりなのは、キースが持ってきた情報だ。

 帝国の不穏な動き――やはり、厄介だな……。

 反女神教の急先鋒の帝国の事だ、このまま大人しく黙っているとは思っていなかったけれど……ここまで早く動き出すとは。


 ……だが、これは帝国を直接叩けるチャンスでもある。

 これまで帝国には、散々煮湯を飲まされてきたのだ。これ以上帝国の裏工作で、僕たちのフィールドを荒らされる訳にはいかない。


 ……と、そんなこんなで、市場を出た僕たちは、広場でユリティアさん達と合流するのだった。


 僕たちの姿を見つけると、スィーファさんがブンブンと手を振ってくれる。


「聞いたで〜♪ この町中で、トーヤんとリゼっちが『キス』したんやってな〜♡」


 スィーファさんは僕とリゼを見ると、ニヤニヤしながら声を掛けてくる。

 そしてスィーファさんに肘で小突かれながら……僕は突然の不意打ちに、思わず動揺するのだった。


 ……スィーファさんが、どうしてそのことをっ!?

 あの場には、確かにスィーファさんは居なかったはずなのに……

 もしかしてあの市場での騒動、かなり広まってしまっているのだろうか……!


「それは……その、色々成り行きと言いますかっ……!」

「……私は成り行きなんか無くても、トーヤくんとなら……」

「ふぅーん、リゼっちもこう言ってるけど?」


 ニタぁ〜。そしてスィーファさんは、意地悪な目つきで僕のことを見つめる。

 こうなると、もう止まらない。どうやらしばらくは、スィーファさんからの『ちょっかい』を覚悟しなければなさそうだ……。


 そして一方で、女騎士のアンリさんはといえば――

 なぜか顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにしていたのだった。


「ま、町中で『キス』などと……は、破廉恥ではないですかっ、君たちっ……!」


 ……確かに、そう言われてみると、何も言い返せない……。

 そしてそんなやり取りを、ユリティアさんは眉一つ動かさずに眺めていた。


「……それでは全員揃った所で、宿へ向かいましょう」


 そして――僕たちはユリティアさんに先導されて、宿まで向かうのだった。


 この町に入ってから、今まで別行動をしていたユリティアさんだけど……どうやら今まで僕たちのために、色々動いてくれていたらしい。

 王都へ向けて伝書鳩を飛ばしたり。馬車の受け入れや、宿の手配だったり……。

 ……本当に、ユリティアさんには頭が上がらない。


 そして――僕たちがやってきたこの宿も、ユリティアさんが手配した物だ。

 ――『花の都亭』。それが宿の名前だった。

 まるで商館のように立派な建物だが、これ一つで宿らしい。いわゆる高級宿で、入ってすぐは酒場兼食堂で、二階より先が客室となっている。

 そしてなんと、今日はこの宿全体が僕たちの貸し切りだそうだ。

 流石は王宮からお金が出ているだけはある……。


 ――カランカラン。鈴の音。

 そしてドアを潜ると、そこでは宿の女主人が僕たちのことを待っていた。


「ようこそ、お待ちしておりました」


 そう言って一礼するのは、美人な妖精エルフ族の女主人だった。

 そして僕たちは、彼女に二階の部屋まで案内される。


 僕たちに用意された部屋は二つ。

 手前の部屋に、スィーファさんユリティアさんアンリさんの三人が入り、そして奥の部屋に、僕とリゼとレオの三人が入る。


 そして僕はドアノブに手を掛ける。……お、鍵付きだ。

 流石は王宮お墨付きの高級宿。セキュリティ対策も万全らしい。

 ――まあ、押し入ろうとする賊に対してこんなオモチャ、あって無いような物なんだけど……でも時間が稼げる分、あるに越したことはない。


 そして僕たちは早速、部屋の中に入る。

 ドアの先には、三人で泊まるのに十分な大部屋が広がっていた。


「うんうん、中々良い部屋じゃないか。これならゆっくりくつろげそうだな……って、ベッドが一つしかないじゃないかっ……!」


 部屋の真ん中にデンと置いてある、大きなベッド。

 いわゆる"キングサイズ"というのだろうか……三人が寝ても余裕がありそうだ。

 そして僕は荷物を脇に置くと、ベッドに手で触る。すると、ふかふかした柔らかい感触が返ってくるのだった。

 流石は王宮御用達の宿……!

 

「何だか、王都に近づいてきたって感じがしますねー」

「いやいや、そのリアクションはおかしいだろうっ!? いやまあ、確かに間違っては無いが……! それより大事な事があるだろうっ。『ベッドが一つ』なんだぞっ! それはつまり、私たち三人で一つのベッドに寝るって事じゃないかっ……!」


 そう言って恥ずかしそうにするエレナに対し、リゼは不思議そうに見つめる。


「エレナは嫌なの? 一緒に寝るの」

「そ、そういう問題じゃないだろうっ……! 婚姻前の男女が同じベッドで寝るなんてっ、不健全じゃないかっ……!」

「別に、ただ同じベッドで寝るだけなのに。……エッチなエレナ」

「〜〜〜〜っ!」


 リゼが耳元で囁くと、エレナはカーッと火を噴き出しそうなぐらい真っ赤な顔で、恥ずかしがるのだった……。

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