04.「"銀級勇者"VS暗殺者。そして、一瞬の決着。」

 ワイワイ、ガヤガヤ……。


 フロリアの市場には、一つ大きな人だかりが出来つつあった。

 人が人を呼び、一体何があったのかと、続々と野次馬が集まってくる。

 そして野次馬たちは目撃した。あの好き放題やっていた『ならず者の勇者』が、一人の少女によって返り打ちにされた様を……。


 元々勇者の横暴には良く思っていなかった所に、降って湧いた『痛快劇』――町の人々は大いに湧き上がるのだった。


 ヒューヒューと、何処からともなく口笛が聞こえてくる。


「いいぞー二人ともー!」


 抱き合うリゼと僕に向けて、囃し立てるように声が投げ掛けられる。


 そして――その隣では、天使のギブリールが顔を真っ赤に紅潮させて、あわあわと動揺していたのだった。


『わ、わっ……! ト、トーヤくんとリゼちゃんが、『チュー』しちゃったっ!』


 興奮した様子で二人のを見つめるギブリール。


 ――『地上の者たちの間には、愛情表現の一つとして、唇を重ねてお互いを求めあう行為が存在する』……。


 書物の中で、その存在は知っていた。

 けれども、実際に目にするのはこれが初めてで――

 天使であるギブリールにとって『チュー』といえば、祝福を与えるために、ほっぺにするもの……

 初めて目の当たりにする人間同士の"愛の営み"に――ギブリールは不思議とドキドキするような、キュンキュンするような、そんな気持ちになってくるのだった。


『でも、トーヤくん、スゴい男らしい……こんな人前で見せつけちゃうなんて、『この女は僕のモノなんだ』ってアピールしているんだね……!』


(……ツッコんだ方がいいんだろうか)


 なぜか尊敬の眼差しを向けてくるギブリールに、僕はちょっぴり苦笑いする。


 そしてレオはと言えば――ギブリールの隣で、何とも言えない複雑そうな表情で、二人の様子を見つめるのだった。


「っ……! 全く、あの二人は、相変わらずだな……」


 目の前で、これ見よがしに見せつけられて……レオは思わず赤面してしまう。

 それだけじゃない。レオは二人の熱にあてられたのか……ジンジンと身体全体が火照っていくのを感じていた。


 ――まさかこの私が、あの二人を羨ましがっているというのか……?

 ドクン、ドクン……胸の高鳴りを感じながら、レオは二人を見つめるのだった。


 そして、もう一人――『横暴勇者』のゼラスであるが……。

 彼は愕然とした様子で二人を眺めていたが、やがて一人蚊帳の外にされた怒りで目をカッと見開くと、声を震わせて言う。


「テメエら、この銀級勇者の俺サマを馬鹿にしてんのか……!?」

「……銀級勇者? それが何?」


 しかしリゼは一切動じず、氷のような冷たさでゼラスを見つめ返す。

 ――そして、断言するのだった。


「ハッキリ言うわ。あなたなんかより、トーヤくんの方が百万倍強い。……力を振りかざすだけの『弱い』あなたには、一生分からないと思うけれど」


「何だと……! この俺が、弱い……!?」


 愕然とした様子で、ゼラスは問い返す。

 俺が弱い、だと――!?

 ゼラスは怒りが有頂天に達したように、プルプルと震え出す。

 そしてまるで周りを威嚇するかのように、大声で叫ぶのだった。


「俺は【剛力】のゼラス様だぞ……! 気に食わねえ相手は、この【剛力】の異能で踏み潰して来た……!」

「なら、見せて貰おうじゃねえか……! その坊主の『強さ』ってヤツを――」


 しかし――そう言いかけた所で、ゼラスの言葉は途中で止まる。

 ……そして、次の瞬間。


 ――勇者ゼラスは冷や汗を流しながら、恐怖でブルブルと震え出したのだった。


「…………!?」


 ゼラスは驚愕する。目の前にいるのは、自分より一回り以上年下の、勇者ですらないただの異能者だ。それなのに……!


 ――まるで大蛇バジリスクに睨まれたように、震えが止まらないんだ……!?


 な、何なんだ、これはっ……

 俺は、目の前の小僧にひと睨みされただけだっ……それなのに――どうして身体が言うことをいかねぇんだっ……!?


 そしてそんなゼラスを、僕は凍えるような冷酷な目で射抜く。


「……どうです、動けませんか? ならそれは、あなたがこれまで『自分より強い敵』に立ち向かって来なかった、良い証拠だ。……あなたは勇者でも何でもない、ただの『卑怯者』だ」


 更に『気』を開放しながら、僕はゆっくりと勇者ゼラスに近づく。


「あなたには、僕が何に見えている? ゴルゴンか、それともバハムートか……」

「ヒィッ……! 近づくな、化け物ッ……!」


 腰を抜かした"銀級勇者"は、地べたに腰をつけながら必死に後ろずさる。

 その様子を、周りの野次馬たちは笑い声を上げながら茶化すのだった。


「わはははは!」

「さっきまでの威勢はどうしたんだーっ、銀級勇者さんよーっ!」


 周りの人達には、大の大人が、一人の少年に怯えて腰を抜かしたようにしか見えていない……。精神力の闘い――これが『気』だ。


 実力が拮抗した者同士、『気迫』のある者が勝つ――

 ――という風に、世の中にも良く知られている『気迫』という物を、より体系的に"能力"として洗練させたものが、いわゆる『気』である。


 あくまで精神的な技術なので、物質的な『何か』を生み出すことはできないが――それでもこうして、気迫に劣る相手を圧倒することぐらいなら可能だ。


 ……しかしそれにしても、ここまで『気』が弱い人間は珍しい。

 これまで、よっぽど力にかまけて生きてきたのだろう。目の前の男は僕の『気』に抗うことすら出来ずに、戦意喪失してしまっていた。


 勝敗は決した。こうなってしまった以上、この男を切り捨てるのは容易い。

 だけど……

 僕は後ろを振り返る。


 ――この子のお店の前を、血で穢す訳にはいかないな。


 そして僕は腰を抜かしたゼラスの前で、ゆっくりと屈み込む。


「一体何者なんだっ……! お前は……!?」

「今すぐ僕たちの前から消えて下さい。さもないと……」

「ヒィッ……!」


 僕の一言に、ゼラスはゾッとしたように真っ青な顔になる。

 そして僕は、『気』による拘束を解除する。これでゼラスも体の自由を取り戻したはずだった。

 今ならば、僕に向かって斬りかかることも出来るだろう……。しかしゼラスには、もはやそんな気概は残っていなかった。


 そしてすぐさま立ち上がると――"銀級勇者"のゼラスは、見えない何かに怯えながら、一目散に逃げていくのだった……。 

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