龍吟連歌
白木奏
序・始まりの章(元桑001~)
質素で小さな書斎に、明かりが灯っている。
窓の外からは、暗闇にすべて吸い取られたように、物音ひとつしない。
唯一聞こえるのは、さらさらと書き綴る筆の音。
**************************************
豊かな大地には、獣たちが跋扈していた。
虐げられてきた人間たちは、龍神に乞い願い、九柱の守護神――
しかし、守護神たちも一枚岩ではなく、国作りを巡って意見が割れ、覇下と嘲風の二柱の神は姿を消し、蒲牢の神は「国」そのものを否定した。
回り道の末に築き上げられたのは、六つの国。
狻猊の国――〈重厚謹厳〉
かの守護神は火を司り、静を好む。
強大な力を持ちながらも、それを誇示することなく、ただ粛々と人々に進むべき道を指し示す。
睚眦の国――〈天下布武〉
かの守護神は戦に長け、武を尊ぶ。
血を厭わず、犠牲を惜しまない苛烈さの裏には、常により多くの人の幸を願う強い信念が息づている。
狴犴の国――〈勧善懲悪〉
かの守護神は法を布き、義を重んじる。
強きものは弱きものを助けるためにいると考え、清らかな心を持ち、善悪を見定め、正しくあれと説く。
負屓の国――〈堅忍不抜〉
かの守護神は技に秀で、摂理に従う。
最弱な神ゆえに、人々に他者との共存の大切さを教え、忍耐強さこそ真の強さであると証明する。
囚牛の国――〈安居楽業〉
かの守護神は守を固め、芸を極める。
人の心に美の創造力を見出し、何者にも脅かされない楽園を作り、生を賛美する芸術を花開かせる。
螭吻の国――〈水清無魚〉
かの守護神は変化を求め、清濁併せ吞む。
貫く信念を持たず、善悪も説かず、取り巻く環境に合わせて巧みに進むゆく。
千年にわたる龍神の治世は、これより幕を開ける
**************************************
「何書いてるの?」
うしろから声がして、手元を覗き込まれる。
「いや、話の整理をしてみようと、ふと思いついて……」
答える声はまだ若いが、穏やかで知性を感じさせる響きを持っている。
「それ、ずっと昔の話だよね。整理って?」
書きかけの文字を目で追った者は、聞くともなしに聞く。
「なんとなく、ていうか……」
少しばつが悪そうな、照れくさそうな返事のあと、ちょっと物思いにふけるような様子で続く。
「どのタイミングだったら、間違わずにあいつらを救えたんだろうか、と……」
「あの人たちが一生懸命選んだ道を、かわりに後悔してあげること自体、ちょっと失礼だと私は思うよ」
指摘するほどの厳しさはなく、かといって慰めるほどの柔らかさもないその声は、しばしの間を置き、ちょっといたずらっぽく続く。
「あの子に聞いてみたら?ひねくれものには、素直さをぶつけるのが一番効くかもしれないね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます