第二十九話 消えたものと消えないもの
文ちゃんへ
これを読んでくれている時、私はあなたの前から消えていると思います。なぜなら目的は達成したからです。
目的は、私についている霊を祓うため、だけではありません。
文ちゃんの苦しみを解放することでもあります。
文ちゃんを最初に見たとき、今にも死にそうなほど、疲れ切っていました。そして、すぐわかりまさした。あの人の弟だと。
面影がほんの少しあったこともあるけれど。今では、あの人が教えてくれたのだと思います。
だから、あのコンビニで、声をかけました。一緒にこない?って。本当に来てくれるとは、あんまり思っていなかったけれど、でも、来てくれてよかった。
就活で悩んでいたにしろ、根本には、お兄ちゃんのことがあると思っていて。
一緒に住むことで、少しでも、楽になれればいいなと思っていました。
私は、大好きだったあの人の弟だから、不幸になってほしくなかっただけなのです。
だけどおかしいね。一緒に住んでるうちに、私の方が助けられていたかもしれない。
仕事から疲れて帰ってきた時に言ってくれるおかえりなさい。暖かいご飯。きれいな部屋に洗濯物。私がないがしろにしてた、日常がありました。
だらしない私のことを、なんだかんだ言っても見捨てずにいてくれたね。
私は、取り憑いた霊を除霊する気はなかった。私への罰だと思っていたから。恨まれていると思っていたから。だけど本当にそうかなって思ったのは、危害は加えられなかったから。ポルターガイストとかには悩まされたけど、怪我させられたりはしなかったでしょう。だから、心配してるか、心残りがあるかだと思った。
心残りが、私と続きをすることだとしたら、文ちゃんにとりついてもらうことで、できるかもって思った。成仏して、私達も、前に進む。
それがいいかなと、思った。けれど、事前に文ちゃんに同意はとらなかったから、それは、ごめんなさい。
私たちは、あの人の死は自分のせいだって思っていた。そこで繋がっていた。だけど、解決に進んだ今、別々に、進むべきだと私は思います。
家のことは伊織ちゃんにお願いしています。
だから文ちゃんはしばらく家に住んでていいよ。
私はしばらく、帰りません。
無事に、できるかぎり、家のことも頑張って生きるから、ご心配なく。
雪野里見
「ーー雪野さん!」
タクシーから降りて、その後ろ姿に叫ぶ。
彼女はぴたりと立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「早かったね」
精算を終えたタクシーは走り去る。
あたりは静寂。
まるで、世界に二人だけ残されたようだった。
「行かないでください!」
心からの願いだった。
雪野はただ、微笑みを返した。
「縁があったら、また会えるよ」
そしてまた、歩いていく。
振り返らずに。
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