第二十四話 崩れたバランス

 家族が一人死んでから、持っていた問い。

 果たして自分は生きていていいのか。

 見透かされている。

 消化試合みたいに生きてきたこと。大学進学がゴールで、そのあとのことがさっぱりわからないこと。

「……うん、それならいいんだけど」

 真弓はそれ以上追求することなく、引き下がった。

「――真弓ちゃんはよく見てるよね」

 ばっと声の方を振り返る。

 いつの間にか、リビングへと繋がる襖は開いていて、笑顔の雪野と、戸惑ったような飛鳥の姿があった。

まるで、幽霊みたいに物音を立てず。

「ちょっと雪野さん、キッチンにお茶飲みに行くだけって……!」

「真弓ちゃんって、文ちゃんの本当のお兄ちゃんみたいだね」

 ぞわりと背中の毛が逆だった。

 4分の1、聞き耳を立てていたら2分の1の確率だとしても。

 兄がいたことをぴたりと言い当てられたようで、気味が悪い。

「――なにが、言いたいんですか。雪野さん!」

 聞いたらなにか壊れてしまうかもしれなかった。

 それでも聞かないといけなかった。

 聞かないままスルーしても、いずれは壊れてしまうだろうから。

 それなら、自分の手で。

「言いたいこと?」

 へらりと笑って雪野は言った。

「文ちゃんのお兄さんが死んだのは、私のせいってこととか?」

 確かめようと思った。

 本当は確かめたくなかった。知りたくなかった。

 ガチャガチャガチャと、心とリンクするように、食器棚から割れ物の食器がどんどんと落ちて割れていった。ガタガタと家全体が揺れ、立っていられなくなる。

「きゃっ!」

 柱に掴まる飛鳥、座ったまま動けないでいる真弓と文貴。

 佇んでいるのは雪野だけ。

「――あたし、出ていくね」

 雪野はぽつりとつぶやいて、玄関の方へと歩いていった。

 なにも、解決なんてしていない。

「雪野さん!」

「文くん危ない!!」

 まるで止めでもするかのように、非常用の懐中電灯が顔面目掛けて飛んできた。

 真弓に引き倒されなければ、クリーンヒットしていたに違いない。

 がらがらと、玄関の引き戸が開けられて、しまる音がした。

 飛鳥が追いかけようとするも、すぐに戻ってくる。

「出られない!靴も下駄箱もめちゃくちゃになってる!」

 そこからは無音だった。

 嘘みたいにポルターガイストは止み、3人だけ残された。

 プルルルルと、場違いに電話の着信音。

 味気のないノーマルプリセットの音は、文貴のスマートフォンだ。

「はい」

「もしもし、文くん!?家は無事なの?いやな感じがしたんだけど」

 切迫した声音の伊織からだった。

「伊織さん……」

 もう、だめかもしれない。

「助けてください」

 雪野里見は、龍野文貴をなじる権利がある。

 なぜならば。

 文貴は、彼女にとって大切な人を殺した。

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